悪足掻きの集大成 -2ページ目

悪足掻きの集大成

子宮頸癌Ⅰb-1期をconizationで乗り切る記録

2月9日。
術後ピッタリ2周年且つ運命の合格発表の日でした。

あれからもう。。。3年が経過するのかぁぼー
早いようで短い。。。いや、長かった。
長かったよ。
歳を取るのはこんなに早い。
なのに、術後2年が経過するのはこんなにも遅く感じる。

3年前。
わたしは看護師として開発途上国で働く自分を夢見ていた。
まさか。
まさか、今も日本にいるなんて考えてもみなかったのに。

ホントなら2年間の任期を終えて仏語ペラペラ(なのか?)で帰国しているはずなのに。
今も母国語すら流暢に話せないわたしのまま。

でも。
ワガママなわたしの無理なお願いを叶えてくれたI先生がいてくれたから、
こんなに穏やかな今日があるんだって、感謝の日々四つ葉

わたしはこの2年を消化するように過ごしていたように思う。
2年経ったら。
2年経ったら。。。
一度断念したあの夢をもう一度チャレンジするんだって。

2年を待たずにわたしは受験した。
受験したとしても合格するとは限らない。
合格したからといって、すぐに派遣されるわけではない。

まずは受験してみて、合格してみて、それからそれから、いろんなことを決めていけばいいんだって。



ネット上で合格者の受験番号が表示されるのは午後になってから。
受診日と合格発表日が同日なのはいいのか悪いのか。

仮に合格していたら。
今日のうちに先生に言わなくちゃ。

「しばらく、受診に来られません」

先生はいいよ、って言ってくれるのだろうか。

病院の待合で自分の順番になるまで携帯でアクセスする。
が。
UPされてない汗

時間を置いてアクセスの繰り返し。
まだ。。。

診察室に呼ばれる寸前、最後のアクセス。
あ。UPされてるお~

ケータイのスクロールの遅さがもどかしい。
あ。
ああ、あった。

わたし、合格してた。

あ。
でも、派遣国はどこなんだろ。
出発はいつなんだろ。

今日、やっぱり先生には言えないな。。。



「今日はこれでいいですよ、順調順調。2年経過しましたね~、おめでとう。
 次回の受診はいつにする?4~6ヶ月後でもいいよ?」


「半年後でもいいんですか?」

「いいですよ」

「じゃあ、1年後は?」

「はは、それは空け過ぎだね~」

「じゃあ、3ヶ月後でお願いします」

「え?通院嫌いなのに3ヶ月後でいいの?」

「ええ、まあ。そうなんですけど。。。ちょっと都合もありますので(´-┃

通院以外にも整理しなくちゃならないことがある。
仕事のこと。
引越しのこと。
そして、9ヶ月目になるカレのこと。

いろいろ整理しなくちゃならない。
職場にも、家族にも、そしてカレにも相談してから。
進退はそれからだ。
わたしは毎回受診枠の最後の時間帯で予約を入れているのだけど
前回、1年6ヶ月目の検診は予約時間からうっかり30分遅れて行ったら
待ち合いの椅子に誰一人いなかった。
よって待ち時間0分で診察室に呼ばれるというスムースな受診ができたわけだけれど
そんな患者ではイケナイと思い、今回は時間きっちりに到着シャボン玉

今回はたくさんの患者さんがいてしばらくしたら看護師さんが出てきた。
診察が大幅にずれ込んで1時間30分遅れになってるらしい。
手術説明の患者さんでもいたのかな・・・

こんなにもずれ込んだ経験がないから17時から歯科の予約を入れてたのだけど
到底無理な空気なのでやむなく歯科はキャンセル。

結果2時間30分待ち。
17時を過ぎわたし以外いなくなった待ち合いは早々に空調切られるし泣
寒々しい感じになったところで呼び入れられるぼー

特に変わったこともなく、質問することもないので10分足らずで診察終了。

次回の予約を入れる段になって

「じゃあ、次回は3ヶ月後の2月○日にしますか」

「はい」

「この日はうちで手術した日やね、ちょうど術後2年にあたる日です」

「へぇ~、そうなんですか(笑)」

「そうですよ。CC病院で1回目の手術したのが10月でうちではその日が・・・」

「あーそうですか」

主治医のテンションに反し当の患者が他人事。
たぶん、手術をした日など克明に覚えている患者さんが多いところに
この患者ったら自分の手術した日すら忘れてる。
初耳みたいにへぇ~とか言うから主治医の方が驚いていた。

あの頃、すべてがバタバタと過ぎていって考えることも多くって、
断片的にしか記憶がない。
自分で意識しないながらもホントのわたしには辛すぎてあんまり憶えていない・・・のかな?
きっとただのぼんやり屋さんだと思うけれどぼー



先日、〆切ぎりぎりで書いた論文を送付した。
昨日調べてみたら最終選考の発表日が奇しくも2月の受診日だった。
どちらも合格でありますように。
以前に比べるとほとんどテレビをみない人になったのですが
先日ふいにつけると偶然、洞口依子さんの番組が放送されていました。

わたしがガンの渦中にいた頃、どなたかのサイトから洞口さんのブログにたどり着きました。
沖縄に長期滞在している様子が書かれていて、
大きな手術を受けたあととは思わせないくらいに穏やかに、
変わらず美しくやっぱり女優さんだなあと感心した覚えがあります。


わたしが拝見したブログは1度目の沖縄滞在の頃だったのでしょうか。
穏やかだと印象を受けていたのはごく一部だったようです。

番組の中ではその後精神的に不安定となり服薬していたことや
2度目の沖縄滞在のことなどが放送されていました。

そして最後にご主人の『カッパ君』の手紙が。
その内容はとても、とても心を打たれるものでした。

病気を患う当の本人はもちろん辛いものだけど
その周囲の人も同じように
もしかしたらそれ以上に辛い場合があるのだろうと。

わたしは自分が病気になってみて
わたしの場合は痛い思いも苦い思いもたくさんしたけど
あまり大変とは思わなかった楽観的な部類で
それって辛さに鈍感なのかもしれないし
結果的に今のところ自分の思うとおりに進んでいるせいなのかもしれないけれど
ずっと昔の段階で家族が破綻していた我が家では
いちいち説明とか手術で親族の同席が求められたとき
1つ上の姉が借り出されて
そのたびに仕事を早退したり休んだりしてくれた。
口に出しては言わないけれど
心配しただろうし迷惑かけたと思う。

これが結婚していたら旦那の役割になるのだろうかと思うと
誰かに辛い思いをさせてしまうこともあるのかと思うと
結婚も簡単じゃないなあと思う。
いいこともそうじゃないこともきっと同じくらいある。
2006年9月下旬***

時間がない。
受診のためだけに休みを取れるほどの休みもない。

●●センターの初診はN村部長の外来の日をインターネットで調べた。
準夜勤務の前に大学病院の紹介状とN永部長の紹介状、プレパラートと画像フィルムの類を携えて向かう。

自宅から私鉄→JR→バスを利用し到着した●●センターは勤務先の関連病院ではあるが初めて訪れる場所。
有名な割りに想像よりも小さく地味な病院で些か古さも感じた。

9時前に着くように自宅を1時間30分前に出たのにも関わらず、初診手続きを済ませて婦人科外来に行くと1時間は余裕で過ぎたころ外来看護師さんに声を掛けられた。

『今からですと13時30分以降の診察になりますので、一旦出られてまた戻ってきてください』

えー、どれだけ人気なの?
って言うかどれだけ患者さんがいるのだろう。

『それでしたらまた別の日に出直します。今日は夕方から仕事なので・・・』

そう言って次に都合のいい日を見ようと勤務表を出すと

『あ、もしかして看護師さんですか?少しお待ちください』

そう言って一旦診察室に戻るナース。

『電話をいただいてたようですね。次にお呼びしますので待合に入ってください』

N永部長から事前連絡が入っていたことで思いがけず割り込ませていただくことができた。
他に待ってた患者さん、間に入れてもらってすみません。



初めてお会いしたN村部長は威厳はあるが偉そうな素振りのない人当たりのやわらかい先生だった。

『N永先生とはゴルフ仲間でね~、時々患者さんも紹介してもらってるんですよー』

大学病院に長く通っていたせいか偉い先生は横暴なものかと思っていたら全くそんなことはなくて、自分で診察準備にちょこちょこと動き、私が持っていったプレパラートも他院の病理医の報告書だけで判断せずに「自分の目で見ないとどうもねぇ・・・ちょっと見て来ます」と顕微鏡でを覗きに行った。
凄いと思う。凄いの一言に尽きる。

診察室に戻ってきた部長は病理報告書の病理医の名前を見て、

『○○先生は僕も一緒に働いたことがあるんですが、実に丁寧な先生で信頼できます。
 おそらくclassVなのは間違いないでしょうがそれがどこにあるかが問題ですね。
 とりあえずまずは診察させてください』


別室へ通され何度乗っても乗りなれない診察台へ。
まずは普通に診察、続けて拡大鏡で覗き第一声。

『ああ、肉眼でも判る子宮頸ガンですねー』

暫し絶句。
なんだったんだ、大学病院でのあの一連の出来事は。
無駄に時間を費やし診断がつかなかった上に、散々検査した挙句どこからガン細胞が出てるか判らないって言ってたあれは何?
肉眼で判るってことは奥でもなんでもなく一番スタンダードで外からも見える位置に発生した頸ガン。それを診られない医師が子宮悪性腫瘍専門なんて看板上げるのってどうなのか。

『大学病院は症例数が少ないからガンを診れる医者が少ないんですよ。
 じゃあ酢酸で染めて組織も取って検査しますよー』


人生初のコルポ診。
そう、これが子宮頸ガンの診断のスタンダードきらきら

大学の先生は頸部の奥(もしくは体部)から発生してると思ってたようだからこそコルポ診をせずに円錐切除で診断つけようという判断は間違ってないけど、それもこれも診断の甘さゆえのこと。

つくづく大学病院を転院して良かったと心から思う。
心から・・・

でも、一筋縄ではいかないのが私の人生、なのだと思う。
結果2ずっと更新しそびれていましたが久々に(笑)

現在も定期受診は3ヶ月に1度のペースで通院しています。

「半年に1度くらいでどうですか?」の提案に「せめて3ヶ月か4ヶ月に1度は来て下さい」と言われきちんと受診しています。

前からなのですが、時々下腹部が差し込むような痛みがあったり。
生理前とか排卵日とか関係なく。
結構それが頻繁に続く日があったり、痛みがひどかったりしたらやっぱり気になるもので。

MRIを希望したら「エコーできちんと診てますよ」と。

それとこれは別じゃないですか?、と思うのですがぶ~

I先生は切離面断端に再発の兆候がなければ遠隔転移はないと。

それって言い切れるのかどうなのか。
断端のスメアには限界があるとわたしは思うので。
実際、きちんと細胞が採れていればもっと早くに発見できる症例は五万とあると思うし。

最後には「とりあえず前回の撮影から1年経ってるし検査しますか」と承諾してくださり、
MRIと胸部レントゲン撮影。

職場の健康診断やら結核チェックやらで年に何度も撮影してるので肺転移はないと思いますがウインク



北海道旅行から帰ってきたら、病院からお手紙が届いていました手紙

全て異常なし、とのこと。

次の受診は11月。
これで問題なければ今年最後の検査です。