――――え?
ルー、何を言ってるの・・・?
父さん・・・母さん・・・・・・殺された?人間に?
頭の中が真っ白になる。ルーの言葉の意味を理解するのに、数瞬を要した。
ルーの両親は・・・・・・人間に殺されたの?
私が何も言わないでいると、再びルーは私に背を向け、一気にまくしたてた。その声には、恨みや辛みが籠もっていて・・・。
「分かってるんだ・・・・・・リオナやメルワーズやウィノは何も悪くないんだって。オレの両親を殺したのなんかたった数人で、この世界の人間全員が悪いんじゃないんだって・・・。でも、憎かった。許せなかった。人間なんか二度と信じるもんかって・・・・・・。」
ルー・・・・・・!
さっきからしてる、悲しみと怒りと憎しみ・・・やりきれないような表情。
私・・・知ってる。ルーのこの表情、知ってるよ。
ギルンニガでも1人、そうしてたよね。
本当は、誰かに助けてほしかったんだ。たった1人で抱えるにはすごく辛くて、苦しくて・・・・・・本当は、人間を憎みたくなんかなかった。誰かに手を差し伸べてもらいたかったんだ。
どうして気付かなかったんだろう。気付いてあげられなかったんだろう。
ルーは、こんなにも大きな寂しさを背負っているのに――――・・・。
「・・・オレって、冷たいのかな。リオナみたいに、人を許せない・・・・・・。」
ルーの肩は、震えていた。――――泣いてる?あのルーが?
私はそんなルーを見て、思わず抱きしめていた。
ルーの体が、一瞬強張る。
「リ・・・オ、ナ?な・・・に・・・・・・。」
「ルーは、冷たくなんかないよ。」
自分でも、どうしてこんなことしてるのか分からなかった。ただ、必死だった。
こんなの、ルーらしくない。ルーには、自己嫌悪なんかしてほしくない。
どうして?どうしてそんなこと言うの?
本当に冷たい人は、そんなこと考えるはずないのに・・・。
たった1人で抱え込まないで。私が、少しでも痛みを代わってあげられたら・・・それだけで私は、すごく嬉しい。
「・・・ルーは、私とメルを助けてくれた。いつも自分の体力を犠牲にしてまで、魔獣に乗せてくれた。今、古代石を探して、人々の幸せを考えてくれた・・・・・・。ルーは優しいよ。自分で気付いてないだけで、本当はすっごく優しいんだよ!」
ルーの白装束が、私の涙で濡れていく。
私が泣くなんておかしいけど・・・・・・涙が止まらないの。
「お願いだから・・・・・・もう二度と、自分を悪く言わないで・・・・・・。」
ルーの服を掴む手が震える。
分かってる・・・分かってるんだ。“痛みを代わってあげる”なんてそんなこと、出来るはずないんだって。
私たちは、種族も持っている過去も、過ごしてきた日々も何もかもが違う。違う存在で、違う記憶を持つ。
悲しいよ・・・・・・ルーが辛いのに、私は何の力にもなってあげられないことが。
でも・・・それでも、諦めたくないんだ。ルーが頑張らなくてもいいように、支えてあげたい。出来る限りのことをしてあげたい。
「・・・分かったよ。だからもう、泣くな。」
ルーが、私の頭を撫でながら優しい口調で言う。
変なの・・・・・・何で、慰めるべき私が慰められてるんだろ。
おかげでいくらか気持ちが落ち着いて、ふと――――違和感に気付いた。
ルー、熱くない・・・?
私は体を引き離し、ルーの額に手を当てる。
え・・・・・・!すごい熱。
それはもう異常な熱さで、王都に来てからルーが疲れているように見えた理由が分かった。
いつからこんな無理してたの・・・!?こんな熱じゃ、立っているのもやっとなのに。
「ルー、熱が・・・!」
「え・・・・・・?ああ、平気だよ・・・これくら、い・・・・・・。」
そう言った瞬間、ルーの体がふらつき、私にもたれかかったまま膝をついた。ずっと無理して気力だけで立っていたけれど、耐えられなくなってしまったみたい。
全然平気そうじゃないよ!こんなに具合悪そうで・・・。
お医者様を呼んでこなきゃ。そう思って立ち上がろうとすると、
「そ・・・だ。リオナ・・・・・・。」
ルーが肩を上下に動かしながら、私の腕を掴む。何か言いたいことがあるみたいだった。
「何?あ、後で聞くから。早くお医者様に・・・。」
ルーは、頑なに首を左右に振って、私の腕を離そうとはしない。その力も、次第に弱くなっていった。
そこまでして、一体何を・・・・・・。
「さっき・・・ラスティアル城で言ったこと・・・・・・嘘じゃ、ない・・・から・・・・・・。」
「ほえ?な、何のこと?」
ルーの言ってることが、よく分からない。
ルーは朦朧とした瞳で私を見つめ、微かに微笑んだ。
それは、今までに一度も見たことのない綺麗な瞳で――――・・・。
「あり・・・がと・・・・・・って・・・。オレを信じてくれて、ありがと・・・・・・って・・・・・・。」
途切れ途切れにそう言ったかと思うと、ルーはそのまま気を失ってしまった。
!ルー!
「ルー?大丈夫!?ねぇ、ルー!」
いくら叫んでも、ルーはぴくりとも動かない。
それどころか、顔色が悪くなる一方で・・・。
何で・・・どうして?
どういうことなの・・・・・・“人間”の私に、「ありがとう」だなんて。
混乱と動揺で、頭が真っ白になる。
こういう時、どうすればいいんだっけ?さっき、何をしようとしてたんだっけ・・・?
何も考えられない。何も考えたくない・・・・・・。
ねぇルー、私、ルーの力になれたならすごく嬉しい。これからだって、ルーのこと側で支えるよ。
だから・・・・・・目を覚まして、ルー。お願いだから。
やっと、ルーのこと少し分かったんだよ。ルーも、もう1人じゃないんだよ。
それに、まだ分かんないことだっていっぱいあるんだから・・・・・・。
「ルー!ルーったら!目ぇ開けてよぉ・・・・・・。」
それから、帰りが遅い私たちを心配して捜しに来たメルが来るまで、私はずっと1人で泣きじゃくっていた。