「良かったねぇ、ルー!上手く話が通じて。」
ラスティアル城を後にした私たちは、町の中心にある宿への道を急ぐ。
外では既に日が沈みかけ、空は夕日に照らされ燃えるような橙色に染まっていた。
ラスティアル城に入ってから、結構時間が経っていたみたい。明日に備えて、今日はもう休もうってことになったんだ。
心なしか、ルーも疲れてるように見えるし。
「まあ、平気だとは思ってたけど・・・・・・少し不安だったんだよな。あの人は、怖い人だから・・・。」
ルーが歩きながら、ぽつりと呟いた。
ほえ?あの人って・・・陛下のこと?
ルーが不安になるなんて、珍しいな。私的には、今まで出会った人の中ではルーが一番怖いと思うけど。
確かに、あの皇帝からはものすごい威厳みたいなのが伝わってきた。あの若さであの地位に就いたってだけある。
でも、そんな怖い人には見えなかったけどなぁ・・・。寧ろ、すごく気さくでいい人だと思う。周りの家臣に反対されながらも、ルーの話を最後まで聞いてくれたし。
「お前・・・今、“気さくでいい人”とか思っただろ。」
不意に、ルーの冷ややかな視線を感じた。ルーを見ると、呆れたように振り返って私を睨んでいる。
ぎくり。図星です・・・・・・。
また怒られるかと思って身構えていると、意外にもルーは深い溜め息をついて視線を前に戻した。
「確かに国をまとめるだけの器は持ってるし、民からの信頼も厚いけど・・・・・・混血種なんだ、あの人。だから、相当な強さの能力を持ってるし、しかも剣術も心得ている。あの人は血筋じゃなくて、実力であの地位を掴んだんだ。生半可なことじゃない。あの人がやろうと思えば、この世界をめちゃくちゃに出来る――――それくらい、怖い人なんだ。」
この世界を、めちゃくちゃに・・・・・・それを聞いて、背筋がぞっとする。
そ、そんなに強い能力者だったの・・・?それに、あの人が人間と古代の民の混血種!?
全然そういう風には見えなかったけどなぁ・・・。人は見かけによらない、って本当だね。
でも、結局その力を民の為に使ってるんだから、やっぱりいい人だよ。
そんなこんなで、気付けば宿のある町の中心広場まで来ていた。そこには在るべき筈の水魚石が、跡形もなく消えている。
そこで突然、ルーがぴたりと足を止めた。次々に追い越した仲間たちが、ルーを振り返って首を傾げている。
「どうしたの、ルー?」
一番先頭を歩いていたメルが、ルーに尋ねた。それに対しルーは、俯いたまま頭を左右に振り、
「・・・先に行ってて。」
そう言い残し、くるりと体の方向を変えてどこかへ歩き出した。
ルー、何だかやけに暗い・・・。疲れてるみたいだし、大丈夫なのかな?
心配になって、私も「先に宿で待ってて」とみんなに言って、ルーの後を追いかけた。
行き着いたのは、宿から少し離れた下町全体を見渡せる小さな場所だった。
町の周りは水に囲まれている。さすがに、水の都と呼ばれるだけあった。
ここまでついて来たのに、ルーは何も言わない。ずっと無言で、振り返りもしない。私の存在に気付いてない、ってことはないよね?
だとしたら、やっぱりおかしい。いつものルーなら、絶対に「ついてくんな」って言うもん。
「・・・リオナ。」
「ほえっ!?な、何?」
唐突に話しかけられたことにびっくりし、声が裏返ってしまう。
やっぱり、私がいることには気付いてたんだ。なら、どうして?
ルーは、私に顔を向けないまま話を続けた。
「お前・・・・・・古代の民を、許せないか?」
ほえ?何、突然。
質問の意味が分からず、ぽかんとしてしまう。
「ど、どういうこと?」
私が聞き返すと、ルーはまたしても同じような口調で言った。
「・・・古代の民が古代石を盗んでるだろ。オレとサティが・・・・・・憎い?」
え、えぇっ!?
ルーの意外すぎる言葉に、戸惑いを隠せない。
ど、どうしてそうなるの?だって、ルーたちと犯人は関係ないじゃない!
やっぱり、今日のルーは何か変だ。いつもみたいに合理的じゃないっていうか、何ていうか・・・。
とにかく、私は必死に言葉を返す。自然と言葉が口に出た。
「そんなわけないよ。確かに、古代石を盗んでる犯人は許せないけど・・・・・・。ルーもサティも、もちろんアンタルも世界を救おうとしてる!同じなはずない!」
まだほんの少ししか一緒にいないけど、知ってるよ。ルーもサティもアンタルも、そんなこと絶対にしないって。
いっぱい冷たいこと言われたし、意地悪な時もあったけど、ルーは本当は優しいもん!素直じゃないだけで、本当は人一倍。
その時ルーが、ふっと微笑んだのが分かった。ルーは、下町から視線を外し、ゆっくりとこちらを振り返る――――。
見覚えのあるその表情に、私は何も言えなくなってしまった。
普段は見せない、寂しそうでどこかやりきれない表情・・・・・・。
「オレは・・・・・・許せない。父さんと母さんを殺した“人間”を、絶対に。」
今にも泣きだしそうな顔で、たった一言ルーはそう言った。