「もう大丈夫だと思うわ。傷の治りも早いし、すぐに良くなるわよ。」
私たちは王都に着いてすぐ、治療院に駆け込んだ。
結局、ルーもついて来てくれたんだ。なんだかんだ言って、女の子のことが心配らしい。
さすがに王都の治療院は、レトロアの何十倍も大きかった。お医者様もたくさんいて、その中でも少女を診てくれた人は優しそうな女性だった。
大丈夫、と聞いて、安心して力が抜ける。
良かった・・・・・・古代の民って、本当に強いんだね。
確かに、ベッドの上ですやすや眠る少女の脇腹の傷はだんだんと癒えてきて、もうほとんど痕はなかった。
私は少女の柔らかい白銀の髪を撫でながら、ふと“もうひとつの問題”について考えた。
それは、王都ラスティアルの古代石――――水の力を導きし人魚の宿る石“水魚石(アクエリア)”が盗まれてしまったこと。
私たちが到着した時にはもう既に古代石はなく、ただ人々が戸惑い人だかりを作っている光景だけが目の前に広がっていた。
ルーは「泳がせておく」って言ってたけど、早く追った方がいいんじゃないのかな・・・。
この町の人にとって、――――ううん、世界中の人々にとって、古代石は神からの大切な贈り物。神の恩恵を受けない人間にとっては、心の支えともなる町の象徴・・・・・・。
出来ることなら、早く取り返してあげたいよ。それで、町のみんなが救われるなら。
そう考えていた時、
「う・・・・・・うーん・・・・・・。」
眠っていた少女が苦しそうに身じろぎ、ゆっくりと目を開いた。
!目が覚めた・・・!
瞬間、少女はばっと跳ね起き、驚きの表情で周りをきょろきょろ見回す。
自分の置かれている状況が分かっていないらしく、顔も見たことのない私たちを代わる代わる眺め、少しだけ怯え戸惑う素振りを見せた。
「こ・・・こは?」
「王都ラスティアルの治療院よ。この子たちがあなたを運んできたの。」
お医者様が、私たちに目配せをしながら言った。
えへへ・・・何だか、照れちゃうな。
私は少女と目が合い、今の状況を説明しようと、そしてまた疑問に思っていたことを聞こうと身を乗り出した。少女のくるんとした大きな瞳が私を捉える。
「あなた、道端で血まみれで倒れてたの。ねぇ、あなた古代の民でしょ?どうして魔獣――――そうじゃなくても動物に、襲われたりしたの?古代の民は『動物』を操れるんだよね?」
少女は一瞬、大きく目を見開いた。恐らく“襲われた”という事実に、驚きと恐怖を感じたのだろう。が、すぐにしゅんとして再び視線を落とす。
「そういうもの、なんですか・・・・・・。僕は『光』を操るんです。だからごめんなさい、『動物』を操ることは出来ないんです・・・。」
その子は申し訳なさそうに俯くと、それきり黙り込んでしまった。
そっか、古代の民みんなが同じ能力を持ってるんじゃないんだね。大半の古代の民は、ってルーも言ってたし。
・・・・・・っていうか、今・・・“僕”って言った?
少し時間をおいてから、言葉の中の違和感に気付く。
まさか・・・この子、もしかして・・・・・・。
その時、ずっと無言で目を伏せていた――――恐らく、“気”を確かめていたんだろう――――ルーが、顔を上げて言った。
「確かにこの“男”、『光』を操る古代の民だ。」
「「・・・ええええっ!?」」
驚きのあまり、私とメルは同時に叫んだ。
お、男の子・・・!?こんなに可愛らしい子が・・・・・・!?
み、見えない・・・・・・顔立ちも女の子っぽいし、それに男の子なら何でワンピースなんか着てるの!
そんなこと言ったら、ルーの白装束だってズボンとは言い難いけど・・・・・・っていうか寧ろ、ワンピースの下にレギンス穿いてるだけだけどさ。
メルも同じことを考えていたのか、少年を穴の開くほどじっと見つめている。
ウィノについては、声こそ上げなかったものの、めずらしくぽかんと口を開いていた。どちらにせよ、“人間”である私たちは驚きを隠せない。
ルーはその理由を勘違いしたのか、性別のことには触れず、能力についての説明を始めた。
「『光』を操る能力ってのは、月や太陽などの恩恵を直接的に受けてる。だから、『動物』を操る能力なんかとは比にならないくらい強いんだ。古代の民の中でも『光』の能力者なんか稀だし、ましてや古代の民自体絶滅しそうな今、もう存在しないと思ってたのに・・・。確かに、こんなちびっこくて頼りなさそうなやつがそれだけ強い能力者ってのは意外だけど・・・・・・え、っていうか何?何でお前らそこまで驚いてんの?」
不思議そうに私たちを見回すルーに、私は何に対して驚いたのかを話す。
私の話が進むにつれて、ルーは次第に不機嫌になっていった。
うぅ、怖いんですけど・・・。
私が話し終えると、ルーは爆発的に怒鳴った。
「はぁ?馬鹿じゃねーの!?こいつのどこら辺が女に見えるんだよ?」
「か、顔とか・・・・・・服とか?」
「意味分かんねー!言っとくけど、オレらだって好きでこんな女々しい顔と服してんじゃねぇんだからな!古代の民は成人するまで、ズボンは穿いちゃいけない仕来たりだし・・・。もともとこういう顔の種族なんだよ!」
ルー、もしかして女顔とその白装束相当気にしてる?
確かに、プライド高いルーはそういうの嫌いそうだけど・・・。
っていうか、何で私が怒られてるんだろ・・・・・・そんな仕来たり作ったの私じゃないし、可愛いんだったらそれはそれでいいと思うけど。
男の子って、そういうの嫌なのかなぁ。
でも、私は今のままのルーが好きだな。ルー、この性格で外見怖かったら、本当に怖いんだもん・・・。
「ルー、小さい頃たくさん女の子に間違えられた・・・・・・だから、可愛いって言うと怒るの・・・・・・。」
不意に横で、サティがそう言った。
ほえ?そうなの?
まあ確かに、気持ちは分からなくもないけど・・・。
サティのその一言で、ルーは更に激怒し、
「うるさいな!男が可愛いって言われて嬉しいわけねぇだろ!サティ、水魚石の調査行くぞ!」
顔を真っ赤にして、宿を飛び出していってしまった。
サティもそれについていき、宿が一気にしんと静まり返る。
そんな中で、
「え、えっと・・・・・・大丈夫、ですか?」
「いいのよ。いつものことだから。」
本気で心配する古代の民の少年と、それに対し呆れたようにくすりと笑うウィノの話声が、背後の方から聞こえた。