翌朝早く、私たちは王都へ出発することにした。

「来い、魔獣!」

「来て、魔獣・・・・・・。」

町の入り口で、ルーとサティが同時に魔獣を呼ぶ。

それを待っていたかのように、すぐさま魔獣が道の脇から飛び出して来た。

私とルー、サティとメルとウィノに分かれて魔獣にまたがる。

初めて会った時は怖かったけど、よく見ると魔獣って可愛いかも。ルーたちのおかげで大人しくしてるからかな。

私は、狼型魔獣のふわふわした体毛を撫でながら、ふとルーに問いかける。

「ねぇルー、ルーたちも王都に行くのは初めてなんでしょ?地図見なくて大丈夫なの・・・・・・っわぁぁっ!」

その瞬間突然、魔獣が走り出した――――実際には、ルーが走らせた、って言った方が正しいけど。

今日もものすごい速さで、自分がどこにいるのか理解出来なくなる。

やっぱり、この速さだけは慣れないな・・・・・・。

「あのさ、オレら古代の民は知に優れてるって、知らないの?あんな地図、一発で覚えられるに決まってんだろ。」

ルーが露骨に睨みながら、私の方を振り返る。

う、そうだった・・・・・・古代の民と私じゃ、頭のレベルが全く違うんだね。

昨日の夜少し見ただけで、複雑な分かれ道を覚えるなんて・・・やっぱり、すごいなぁ。

っていうか、自分で操ってるとはいえ、何でルーはこの速さ平気なんだろ?私、めちゃくちゃ酔いそう・・・。

「・・・なぁ、リオナ。」

ふと、ルーが前を向いたまま呟く。

その声は静かだったのに、何故か私の耳によく響いて聞こえた。

ほえ?何・・・?

ルーは私の返答を待たぬまま、言葉を紡ぐ。

「人間と古代の民って、分かり合えないのかな・・・・・・。崇めたり崇められたり、憎しみみたいな歪んだ感情でしか・・・関われないのかな。」

「え・・・・・・?」

ルーの突然の変化に、驚きを隠せない。

どうして・・・?普段なら、絶対そんなこと言わないのに。

“人間”が嫌いだって、冷たく言うのに・・・。

不思議に思ったけど、そんなことは気にせず、反射的に私は叫んでいた。

「そ、そんなことないよ。絶対、絶対分かり合える!分かり合おうと思えば、時間がかかっても・・・。」

少なくとも、私はそう思ってる。ルーと、サティと分かり合いたいって。ルーとサティのこと、もっとよく知りたいって・・・。

言ってから、はっとした。ひとつの可能性に辿りついたんだ。


ルーは、本当は人間と分かり合いたいんじゃないのかな・・・・・・。

人間や他人が嫌いとか言ってるけど、本当の気持ちはみんなと仲良くしたい、もっと関わりたい・・・そんなような気がする。

素直になれないだけで、本当は・・・。

その時ふっと、振り返ったルーと目が合った。その瞳を見て、確信する。

ああ・・・・・・ギルンニガで見た、哀しげな瞳と同じ。

ルーがたまに見せるこの表情は、一体何なんだろう・・・どうしてルーは、素直になれないんだろう。

私、全部分かってあげたいよ。ルーにいくら突き返されても、ルーの本音が分かるまで諦めない。

ルーの心を、少しでも軽くしてあげたい・・・。

「・・・ごめん、変なこと言って。それより。」

ルーはぽつりとそう言って、再びきっと前を向いた。瞬間的に表情が変わる。

それは、いつものルーのものだった。

「オレはこのまま、古代石を盗んだ犯人を泳がせておこうと思う。今のオレらじゃ、そいつを先回ることは出来ないからな。・・・全ての古代石が集まった時、古代の民であるそいつが行く場所は一ヶ所――――古代の民の町、ドルータ・マリシアしかない。そこで追い詰める。」

ドルータ・マリシア・・・?

古代の民の町・・・って、どういうこと?そんな場所があるの?

そんなの聞いたこともないけど、もしかしたら知ってる人はあまりいないのかもしれない。古代の民自体、少なくなってきてるし。

メルなら知ってるかな。よく何かの文献とか読んでるもんね。

「ほら、もうすぐ王都に・・・・・・っ!?」

ルーは、ぼうっとルーの言った言葉の意味を考えている私に対し苛立ちの声を上げたが、それは突然に途切れ、魔獣の動きも止まった。

本当に突然のことだったから、私は前のめりになる。

「な、何・・・!?」

何事かと前を覗き込むと、ルーの視線の先にいたのは・・・・・・。


――――女の子、だった。白銀の髪を持つ、幼い女の子。

そんな子が、道の真ん中に倒れている。

よく見ると、腹部から大量に出血していた。

「!ルー、あの子・・・!」

私は反射的に魔獣から飛び降り、少女に駆け寄った。

可愛らしい顔立ちで、ふわっとしたワンピースの上からフードコートを羽織っている。目を伏せているから瞳の色は分からないけど、髪の色からして恐らくは古代の民だった。

「う・・・ん・・・・・・。」

私が抱き起こそうとすると、その子は苦しそうに身じろいだ。

!良かった、生きてる・・・!

ひとまずほっとしたけど、それでもやっぱり怪我は酷い。早く手当てしてあげなくちゃ。

「何そいつ、古代の民のくせに魔獣にやられたの?馬鹿だな。」

ルーは魔獣にまたがったまま、呆れたようにこちらを見下ろしている。

私はつい、かっとなって叫んだ。

「そんなこと言ってる場合じゃないよ!早く王都まで運ばないと・・・怪我の手当てをしなきゃ。」

「あのな、古代の民は治癒が早いんだよ!この怪我だって、普通の人間ならもう死んでる。だから、放っといても平気だって・・・・・・。」

「でも!」

私は必死の思いで、ルーを見つめる。

こんなに傷だらけで倒れている子を、放ってなんておけない。

そりゃ私たちと古代の民は基準が違うのかもしれないけど、いくら古代の民でもこんな酷い怪我がすぐに治るとは思えないよ。

「お願い・・・・・・運ぶだけでもいいから。」

私とルーの視線がぶつかる。

後からついてきたメルたちは、見守るように私たち2人を交互に見つめた。

その場に、数瞬の沈黙が流れる。

絶対に置いて行かない・・・・・・ひとりでも、王都まで連れて行くんだから。

――――少しの時間を経て、先にはぁっと溜め息をついたのはルーだった。

「・・・お前、どんだけお人好しなんだよ。」

そう言いながら魔獣から飛び降り、私の腕から少女をひったくって再び魔獣にまたがる。

!ルー・・・!

感動で、胸がいっぱいになった。

やっぱり、本当のルーは優しいんだ。冷たくなんかない。

そのことが、とても嬉しい。

「ありがと、ルー!」

私がお礼を言うと、ルーは顔を真っ赤にした。

照れてるんだ。本当、素直じゃないんだから。


私たちは、もう目と鼻の先にある王都へと急いだ。