「いいか、次はいよいよ王都だ。」

ルーが、胸元から取り出し広げた地図のある一箇所を指さしながら言う。

既に夜は更けていた。私たちはミクシルの宿で、次の目的地の確認をしているところだ。

ここら辺は、夜になると危険になる。魔獣だけならまだしも、人に害を加えるかもしれない実験とかもやってるらしい。

子供が通るには危険すぎるというウィノの言葉で、私たちは出発を明日に延ばすことにした。さすがにルーも分からない分野の話をされたからか、この時ばかりは引き下がった。

「王都まではそんなに遠くない。魔獣で行けば、半日もかからないと思う。」

ルーは、ミクシルから王都までの道のりを指でなぞる。

私は地図に目を落とし、その道順を目で追った。確かに、レトロアからギルンニガまでの道のりよりは遠くなさそうだった。

王都――――水の都、ラスティアル。どの町よりも栄え、王政により豊かな暮らしを実現しているところ。

商人だったお父さんの友達から聞いたことがあるけど、一度行っただけで忘れられないほど広いらしい。噴水のある広場には水色の美しい古代石があって、その周りを囲むようにお店がたくさんある。お城とかもあって、ひとつひとつの家もレトロアとは比べ物にならないくらい大きいんだって。

「ねぇ、王都ってどんなところなの?すっごくきらきらしてるって聞いたことがあるんだけど。」

私は話で聞いた王都に期待を膨らませ、ルーに向かって言った。

するとルーは、突然仏頂面になって、

「知らねーよ。オレらも、行くのは初めてなんだ。・・・っていうかリオナ、遠足に行くんじゃねぇんだからな!」

そう言って、ぷいとそっぽを向いてしまった。

ほえ?何で、そこで不機嫌になるの?

私、何かまずいこと言ったかなぁ。

その時メルが、その場の雰囲気をフォローするように明るく言った。

「い、いいじゃない、王都ってきっと楽しいよ。僕も初めてだから楽しみだなぁ。」

それに次いで、サティも口を開く。

「おいしいもの・・・・・・あるかな?」

「う、うん!きっとあるよ。なんたって、王都だもんね!」

「そっか・・・・・・楽しみ。」

2人だけで話を進めるメルとサティを見て、ルーは更にむすくれた。自分の言葉を無視されたからかな。

そんなルーに対しウィノが、

「嫉妬?」

ただ一言そう聞くと、ルーは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「う、うるさいっ!お前らといると馬鹿がうつるっ!もう寝るからな!」

そう言うなり、勢いよく一番端のベッドに潜り込む。タオルケットを頭からすっぽりと被り、足も出ないように丸まった。

そんなに眠かったのかな・・・?そう言ってくれれば、質問なんて明日にしたのにな。

謝りたかったけど、またそれで眠いルーの機嫌を損ねると思うと話しかけられなかった。私は困って、ウィノにちらりと視線を向ける。

ウィノは私と目が合うと、溜め息をつきながら肩をすくませてみせた。まるで、「しょうがないわね」とでも言っているかのように。

やがてメルとサティの会話も途絶え、全員が寝床に着いた。いつの間にか、辺りは闇に包まれていた。



目の前には、相変わらず真っ暗な暗闇が広がっている。隣からは、今日もメルの安らかな寝息が聞こえてきた。

その中に、もう2つ寝息が混じっている。サティとウィノのものだった。疲れていたのか、あれから数分で眠りに落ちてしまった。

旅を始めてから、メルには無理させてばっかだな。町にいた時もそうだったけど、何で年上の私が面倒かけてるんだろ・・・・・・私がもっと、いろんなことが出来たらいいのに。

「・・・リオナ――――起きてんの?」

その時ふと、向こうの方から声がした。うとうとしていた私の耳に、優しく響き渡る。

その声がルーのものだと気付いて、私はベッドから体を半分起こした。

「ん・・・・・・ルー?起きてるよ。でもルー、眠かったんじゃないの・・・?」

「はぁ?いつ誰がそんなこと言ったんだよ。むしろ眠れないっての。」

ベッドの上に座っているのが、見えなくても気配で何となく分かる。部屋の中を照らすのは、僅かな月明かりだけだった。

しんとした空気が気まずくて、何とか話を続ける。

「そういえば、ギルンニガでも夜1人で外出てたよね。ルーって、寝つきが悪いの?」

私の問いに、ルーは少し間をおいてから、ぽつりと言った。

「寝つきが悪いっていうか・・・・・・情けねぇけど、暗いところ苦手なんだ。嫌な思い出しかなくて・・・。」

え?暗いところが苦手?ルーが?

何だか、意外・・・ルーって、普段怖いもの知らずなのに。

どう返答していいものか迷っていると、ルーがまた口を開いた。

「わ、笑いたいなら笑えよ。本当、オレださいんだ・・・小さい頃から、サティの方が強いし。」

「ふぅん、そんなに小さい頃からサティと一緒なんだ。」

何だか、私とメルみたい。不意に懐かしい感じがして、幼き日の2人を想像してみる。

ルーは・・・私に似てる。いつもは全然似てないけど、考えてることは同じだ。

私も、自分が情けない。メルのお父さんと約束したのに、実際メルには苦労をかけてばかり。守らなきゃいけないのは私なのに、いつの頃からか“守られてる”。

そんな自分が、私も嫌だよ。もっと強くなりたい。せめて何かひとつ、優れているところがあったら・・・・・・そう考えては、メルの優秀さを恨めしく思ってしまうんだ。

メルに出来ることが、私には出来ない。メルに出来ないことも、私には出来ない。

結局、私には何も取り柄がないんだ。小さいし、ドジだし。

「私も・・・そうだよ。小さい頃からメルといるのに、ちゃんと守ってあげられない・・・・・・。」

「リオナ・・・。」

月を薄く覆っていた雲がなくなり、少し明るさが増した。逆光で、ルーがベッドに座り込むシルエットが映し出された。それでも私は、ルーの存在を確認するように話しかけ続ける。

「笑おうなんて思わないよ。それにちょっと、・・・ほっとしたんだ。」

「はぁ?ほっとした?」

私の言葉に、ルーは意味が分からないというようにすっとんきょうな声を上げた。私はしゃがんだ姿勢のまま、こくりと軽く頷く。

「うん。ルーも、普通に怖いものがあるんだなって。みんなと変わらないんだなって思ってさ。」

私がそう言うと、ルーはばっと膝に掛けていたタオルケットをどけ、その場に叩き付けた。

「あのなーっ、お前らと一緒に・・・!」

一緒にするな、と言おうとしたのが分かった。でも、ルーの言葉は途中で途切れる。

思ったより大声を出してしまったらしく、それに反応したようにメルが寝返りを打ったのだ。ルーはそれに気が付いて、途中で声を押し殺した。

――――再び、静寂が戻った。

思えば、こうしてルーと2人で話すのは初めてかもしれない。

ギルンニガにいた時は、まだ全然話してくれなかったから。

そう考えると、こんな否定的な態度でも、いくらか心を許してくれるようになったってことだよね。初めて会った時よりも、ずっとずっと。

それが、無性に嬉しかった。私は、今伝えたいことを舌に乗せる。

「ねぇ、ルー。」

「・・・何だよ。」

「私、ルーもサティもウィノもメルも、みんな大好きだよ。だから・・・・・・みんなで仲良く出来たらいいね。今すぐは無理でも、いつかさ。」

心から、そう思える。そう思えることが、すごく幸せだった。

ルーが人間嫌いなのは知ってる。ウィノがあまり人と関わりたくないのも知ってる。

でも・・・それでも、せっかく出会えた人たちなんだから、仲良くしたいよ。

いつだか、先生が言ってた。『人は、人との出会いがあるから生きている』って。

だから――――・・・大切に出来たらいいね。家族も友達も仲間も、過去も今も未来も。

古代の民とか人間とか、関係ない。仲良くしたいって気持ちがあれば・・・・・・。

「お前・・・本当に・・・・・・。」

「ほえ?」

ルーが、何かを言った気がした。

でも、それっきり声がしなくなったから――――いつの間にかまたタオルケットに包まっていたから、多分寝たんだと思う。

ルーの・・・力になりたいな。私なんかに、何が出来るのか分からないけど。

私は布団の中でそんなことを考えながら、いつしか眠りに落ちていた。