予想外の展開に、誰も何も言えなかった。
能力者が、この町にも・・・それは、すごく嬉しい。私たちのように、能力を授かりながら生きている人がいる。でも・・・。
その能力で、人を傷つけてほしくないよ。この人の能力で、下手したらルーが傷ついてたかもしれない・・・そう考えると、すごく怖い。
「・・・あの、さ。」
その時不意に、ルーが口を開いた。何故だか、さっきよりも少しばかり気持ちが落ち着いて見える。
どうやら、女性に話しかけているようだった。今さっきとの口調の変わり様に疑問を感じたけど、私は黙っていることにした。落ち着いたなら、それはそれでいいと思って。
「何かしら?」
言葉は自分に向けられていると気付いた女性が、腕を組んだままルーに向き直る。
ルーは、さっぱりと簡潔に告げた。
「お前・・・オレらと来る気ないか?古代石を探す旅。」
・・・・・・え・・・ほえぇぇっ!?
ルーの言葉に、驚きを隠せない。
な、何で!?どうしてそういうことに?
さっきまで、あんなに怒ってたのに・・・。
さすがの女性もこれには驚いたようで、疑うように目を丸くしてルーをじっと見つめる。ルーは目を合わせていられなくなったのか、顔を赤くしてふいとそっぽを向いた。
「べ、別に無理にとは言わねぇけど・・・あんたにだって、家庭とか事情ってもんがあるだろうし。ただ、いたら助かるっていうか・・・能力者だし、古代の民にも詳しそうだし。」
ルーったら、動揺のあまり『お前』から『あんた』になってる。
それがおかしくて、つい笑いが込み上げてきてしまう。
ルーは、意外と分かりやすい。私が言うのもなんだけど。
そういうところ、年下っぽいなぁって微笑ましく思う。
「リオナ、笑ってんじゃねぇよ!そもそも、お前が役に立たないから・・・。」
ルーは、私が横で笑ってるのが気に入らなかったのか、今度は私に向かって怒鳴りつけてきた。
ほえ!?今、私関係なくない?
「た、確かに私はとろいし、ドジだし、おっちょこちょいだし頭悪いし・・・。で、でも、一緒に来いって言ったのはルーじゃん!」
納得がいかなくて、すかさず言い返す。
そんな私を、ルーは鼻で笑った。
「はっ、お前がこんなに役立たずだとは思わなかったんだよ!ほんとグズだな。」
「ひ、酷ーい!」
私たちはその後、本題も忘れて言い争いをしていた。横で、呆れたようにぽつりとメルが、
「本当、ルーって意地っ張りだよね・・・。」
そう呟いてるのが聞こえた。
しばらくして、はっとさっきの話を思い出す。
い、いけない・・・今は、こんなこと言ってる場合じゃないのに。
「ど、どうですか・・・?」
さっきのことを考えているのか、ずっと顎に手を添え無言でいる女性に、私は再度問いかけた。
あ、呆れてるよね・・・どうして口喧嘩なんて始めたんだっけ?
でも、思いの他女性は深く考え込んでいたみたいで、私たちのことはさして気にしていない様子だった。
顎に当てていた手を下ろし、ふっと微笑みながら言う。
「・・・古代の民と一緒に、か・・・・・・悪くないわね、それ。」
ほえ?それって・・・。
その先の言葉を予想して、胸の鼓動が高鳴った。
女性は、私たちを順に見て、最後にきっぱりと言った。その瞳に、迷いはない。
「行くわ、あなたたちと一緒に。古代石も取り戻さなきゃならないようだし・・・。」
「ほ、本当ですか・・・!?」
うわぁ、初めての大人の能力者のお友達。すっごく嬉しい!
それに、とても心強い。『天気』を操れるくらい強い能力者だし、自分より年上のお姉さんって感じがするし。
私は、レトロアの学校の中でも一番年上。町の人間の人数自体少ないから、私と同い年もいない。他には、お父さんたちよりも上の世代の大人と、私よりも小さい子供ばかり。
だから、こうして年の差があまりない年上の女の人って、初めてなんだよね。いつも町の子供の面倒ばかり見てたから、甘える側の立場って憧れる。
仲良くなれるよね?仲良くなりたいって気持ちがあれば、絶対――――・・・。
「わ、私、リオナ・フルールです。16歳。よろしくお願いします!」
私は新しい仲間が加わったことへの喜びと、これからの旅への期待を込め、女性に向かって右手を差し出し握手を求めた。
ルーの時とは違って、ちゃんと握り返してくれたよ。
「さっきは悪かったわね。私、この町の研究員のウィノ・ペトゥニカよ。」
ウィノ・・・ウィノかぁ。
何だか、くすぐったいような、ふわふわした感じ。
これで、また旅の仲間が増えた・・・。
出会いはあんなだったけど、もう大丈夫だよね?ルーだって、もう怒ってないみたいだし・・・。
終わり良ければ全て良し!学校で、そんな言葉を習ったことがあるような気がする。
本当にそうだよね。結果的に、ウィノは一緒に来てくれることになったんだから。
今日はいい日だなぁ。
私が嬉しさを噛み締めていたその時、隣で何やらぶつぶつと言っていたメルが、「あぁっ!」と叫び突然顔を上げた。メルにしてはめずらしく、瞳がきらきらと輝いている。
「もしかして、ウィノ・ペトゥニカって・・・・・・主に古代石や古代の民について研究してる、ミクシル研究院きっての大天才の“あの”ウィノ・ペトゥニカ!?」
ほえ?研究院?大天才??
メル、何を言ってるの?
「・・・あなた、私のこと知ってるの?」
ウィノは、少し驚いたようにメルを見る。
それに対し、メルは力強く頷いた。
「はい!僕、本読むの好きで・・・前に、『ミクシル研究院における研究成果レポート』っていうのを読んだんです。その時、19歳という若さで各家庭へのガスの配給を確立した人物だって知って・・・・・・。わぁ、まさかこんなところで会えるなんて。」
メルが、私には到底理解出来ないようなことを一気にまくしたてる。
な、何だかよく分からないけど・・・すごい人なんだね、ウィノって。
でもその分野、私にはちっとも分かんないなぁ。
「・・・ここミクシルは、“科学者の町”と言われるくらい科学者の多い町で、世界でも有数の、そして世界で最大とされる研究院『ミクシル研究院』があることで有名なんだ。科学技術だったら、王都なんかよりも格段に進歩してる。」
まるで私の心を読んだかのように、ルーが横から出てきて説明してくれた。
う、何で私がこの町のこと知らないの分かったんだろ。いや、普通に考えたら知らないだろうけどさ、何だかそうやって説明されると、本当に私って何も知らないんだなって悲しくなるよ。
私は、ウィノを憧れの目で見、一生懸命会話を繋げようと努力するメルの姿をちらりと見た。
ウィノも、メルには心底驚いているようだった。そもそも普通は研究院のレポートなんか興味持つ人が少ないし、一定期間で新しいものに変わるため、内容を覚えられる一般人は大人でもなかなかいない。そんなレポートを13歳のメルが読み、それに載っていた人物に憧れを抱いていたのだから。
思えば私、メルの読んでる本って知らないな・・・。私は、本が苦手だから。
メルが能力を使う時に使う本を一度読ませてもらったけど、何が何だかさっぱりだった。――――もっとも、それは使用者であるメルにしか理解出来ない特別な本だったんだけど。
「じゃあ、そろそろ出発しましょうか。急ぐんでしょう?」
メルと話し終えたウィノが、仕切り直すようにルーに言った。
ルーは一瞬の迷いもなく、即座に頷いてみせる。
私もそれに頷いて、いなくなったサティを捜しに行こうと足を進ませかけたけど、不意に疑問が生じてその足を止めた。
気になることが――――。
「ねぇ、ウィノ・・・突然行くって決めちゃったけど、ご家族とかお友達とかに知らせなくていいの?」
私やメルは、事情が事情だったから何も言わずに出てきちゃったけど、ウィノはそういうわけにはいかないよね。古代石がすぐ戻るとも限らないし、長い旅になるかも・・・。
でも意外にも、私の質問にウィノはふっと自嘲的な笑いを見せた。よく通る声で、冷たく言い放つ。
「そんなもの、私にはいない。友達なんて面倒な関係を持つつもりはないし、家族なんてとうの昔に・・・――――忘れたわ。」
え・・・?ウィノ・・・・・・?
突然そう言われて、何も言えなくなった。どう見たって、さっきとは雰囲気が違う。
怒ってるわけじゃない。私たちに、苛立ちを感じているわけじゃないことだけは、何となく伝わってきた。でも――――・・・。
どうして、そんなこと言うの?友達は面倒なものなんかじゃない。家族は、忘れていい軽い存在じゃない。例え、何があったとしても。
私は、知ってるよ。メルとメルのお母さんが、お互いを思いやって生きていたこと。家族って、どんなことがあってもそういう存在なのに変わりないんじゃないの・・・?
ウィノは、何を背負っているんだろう。伏せがちな瞳からは、悲しみや苦しみしか伝わってこない。
そんな悲しいこと言わないで。友達や家族を、もっと大切にして・・・。
「ウィノ、そんな・・・。」
「・・・ごめんなさい。あなたたちとも、必要以上の関係は持たない。それが“私”という人間なのよ。」
私の言葉を遮り、ウィノはぽつりとそう呟いて、くるりと体の向きを変え町の入り口へと向かっていった。私たちはその背中を、無言で見つめることしか出来ない。
サティがおいしいものを求める旅から帰って来たのは、それからしばらくしてからだった。