「お前、さっきの・・・。」

ルーが、あからさまな嫌悪の目を私の後ろの方へ向ける。

次いでその方向を振り返ると、そこにいたのはさっき地下牢にいた女性だった。

ほえ?どうしてここに・・・。

っていうか、さっきは薄暗くてよく分からなかったけど・・・こうしてみると、相当の美人だ。しかも、サティにも劣らないほどの。

「ちっ、話しかけんじゃねぇよ。オレらにもう関わんな。年寄りは大人しく地下牢で寝てやがれってんだ。」

さっきのことを根に持っているのだろう。ルーの態度は、今までで一番最悪だった。私に対するものよりも。

女性は、それを大して気にした様子もなく、ルーの方へ一歩ずつ近寄っていく。

ルーの目の前まで来たところで何かを腰のポーチから取り出し、それを突き出して見せ、告げた。

「そういうわけにはいかないのだけど・・・これはいいのかしら?」

――――綺麗な珠玉だった。すごく見覚えのある。

これって、もしかして・・・。

それを見た瞬間、ルーは目の色を変え、女性の掌から勢いよくそれを奪った。身長差があるにも関わらず、思いっきり胸倉を掴む。

「てめぇっ・・・これをどこで!?」

ルーは、今にも殴りかかりそうな勢いだ。完全に、頭に血が上っちゃってる。

「ルーっ!乱暴は駄目だよ!怪我でもしたら・・・。」

「うるせぇっ!お前は黙ってろ!」

私が止めに入っても、聞く耳も持ってくれない。

そんな・・・どうしよう。サティは何も言わないし、メルがこんな状態のルーを止められるわけない。このままじゃ、ルーが騒ぎを起こしてまた地下牢に・・・。

それでも女性は、涼しい顔をしている。ルーが怒ることを分かってて、わざとこんなことしたのかな。

「古代石と同じ形だったから、一応取っておいたのよ。でも、犯人でないのなら返すわ。大切なものなんでしょう?・・・そんなことより、騒ぎに乗じたとはいえ珠玉ひとつ取られて気付かないなんて・・・・・・隙だらけじゃない。」

「お前にそんなこと言われる筋合いはない!この泥棒が!」

ああもう、どうしてこの人、ルーが怒るようなことばっかり言うのかなぁ?何だか、すごく怖い・・・。

それに、ルーに珠玉を返したのに、何で帰らないんだろう・・・私たちに、他に用があるのかな?

そう考えて女性の方をじっと見ていると、ふっと女性がこちらに視線を向け、目が合った。

どきりとした。私も、何か言われるんじゃないかと思って。

でも、意外にも女性は口元を緩め、腕を組みながら微笑んでくれた。すらりと背も高いから、こうして見るとすごく綺麗でかっこいい。

ちょっと怖いけど・・・悪い人じゃないのかな。古代石を盗んだ犯人を捕まえようとしてるし、珠玉も返してくれたし。クールなだけなのかも。

「そういえば・・・あなたたち、盗まれた古代石を追っているの?レトロアやギルンニガの古代石もなくなったって聞いたけれど。」

ふと、女性はルーの方へ視線を戻し――――正確には、ルーとまともに話すのを諦めたのか、その後ろのメルやサティに対して――――そう聞いてきた。

もう、この町の人にも知られちゃってるんだ・・・・・・他の町の古代石も、次々になくなってること。

こんなこと、今までなかった。古代石は、人間がまともに触ると精神まで侵される、とてつもなく強い力を持った神の宿る石だから。

そもそも古代の民は、もとから神の加護を受けている。だから、古代の民が古代石を必要とする理由なんてどこにもない。故に、人間にも古代の民にも触れられず、何千年も前からその場所にあったものなのに・・・・・・。

何の目的で?それが、一番分からない。この場の誰にも、理解出来ないことだった。

「炎竜石が盗られた時も、古代の民の特徴を持つ占い師を見た人がいて・・・。多分、同じ人がいろんな町を回って古代石を・・・。」

メルは女性の問いに、少しおどおどしながらもしっかりと答える。

それを遮ったのは、眉間にしわを寄せたルーだった。

「いい、メルワーズ!そんなそこらのババァにそんなこと、教えんな!」

「えっ・・・で、でも・・・・・・。」

気の弱いメルは、ルーと女性の板挟みになって今にも泣きそうだ。

私だって、こんなに怖い喧嘩は見たことない。2人とも、その場で睨みあったまま動かない。

レトロアでの喧嘩といえば、すごく騒がしかったからなぁ・・・ジェルバとその友達が、取っ組み合いを始めることも多々あった。

それでも、友達は友達だもん。すぐ仲直り出来る。

でも、この状況は・・・・・・。

ルーも女性も、一歩も譲る気はない。そんな感じだった。

2人は、友達じゃない。今日会ったばかり。ましてや、最悪な形で出会ったんだから・・・。

――――両者が睨み合って、どれくらい経っただろう。1分1秒が、とても長い時間に思えてくる。

先に表情を崩したのは、女性だった。目を伏せたまま、ふっと口角を上げる。

それでも、さっきみたいな柔らかい笑みじゃない。この場に流れる緊迫した空気は変わらなかった。

・・・あれ?

私はその時、いつの間にかサティの姿が消えていることに気がついた。

どこに行ったんだろ・・・?確かにサティはマイペースだけど、何も言わずにいなくなるなんてこと、今までなかったのに・・・。

そんなことを気にしている暇もなく、女性が口を開いた。

「そこらのババァ、ですって?本当にそうかしら?――――後悔するわよ。」

ぞっとするようなことを言うなり、腰のポーチから長方形の薄いもの――――後からメルに聞いて、それはこの町では特に普及している『ノートパソコン』というものなのだと知った――――を取り出し、2つ折のそれを開いて、キーボートをものすごい勢いで入力しながら言った。

「――――古より存在す、天の恩恵よ。今我の下に君臨し、彼の者を貫け。・・・レインブレード!」

え!?これって・・・。

その瞬間、ルーの頭上から無数の衝撃波が雨のように落下してくる。

不意を突かれて、さすがのルーも慌てたようにその場から飛び退いた。

「お前、まさか・・・っ!」

ルーは次々に襲い来る衝撃を軽やかに交わしながら、驚きの表情で女性を見る。

私もメルも、驚いているのは一緒だった。

だって、この人・・・。

女性は、変わらず不気味な笑みを浮かべている。

雨の衝撃波も収まった頃、3mほど向こうで着地したルーが、呼吸を整えながら叫んだ。

「お前・・・能力者だったのか!しかも、『天気』を操れる・・・。」

ルーの言葉に、私は更にびっくりして女性の方を振り返った。

丁度女性はノートパソコンを閉じるところだった。平然とした表情で私たち全員を見回し、

「ええ、そうよ。」

余裕を見せながら、また微笑んだのだった――――・・・。