「・・・オ。リオ。」
ん・・・・・・。
微かに、メルの声がする。
夢、かな・・・。
「ねぇ、リオってば!起きてよ!」
今度は、はっきりと聞こえた。
意識が現実に戻り、私ははっと身を起こす。
「な、何?」
見ると、メルが私の布団の右側にしゃがんで、私の顔を覗き込んでいた。
ここは・・・そっか、ギルンニガの宿だっけ。
私の寝ている布団の他は、もう既に片付けられている。
どうやら、まだ起きていないのは私だけだったらしい。
ぐっすり眠ってしまったみたい・・・自分でも驚くほど、疲れてたのかな。
それにしても、メルがすごく慌てているように見える。つい、昨日の朝のことを思い出してしまった。
また何かあったの・・・?
「どうしたの、メル?ルーとサティは・・・。」
「た、大変だよ!木幽石が盗まれたって・・・!」
え?嘘!
全く予想もしてなかったメルの言葉に、驚きを隠せない。
メルは、私の言葉も全く聞こえてないようだった。とにかく早く、とのんびりやの私を急かし、一目散に木幽石のある広場へと駆けていく。
私もその後に続いた。
どういうこと?
また古代石が盗まれたなんて・・・。
広場には町中の人が集まっていた。
みんな、今回の騒ぎを聞きつけて慌てて来たらしく、寝衣のままの人もいる。
その中心に、ルーとサティはいた。
「ごめんなさい、通してください!」
私は、人々の間を掻き分け、ルーたちのいる方へ向かう。
そこで思いがけず、腕を引っ張られた。
ほえ?何?
「ちょっと、あんた!古代の民のお方が確かめてんだから、行くなって!」
恐らくは町の人、だった。ルーたちから少し離れた場所で、真剣に木幽石の土台を見ている。
あ、そっか。この町の人は、今でも古代の民を崇高な存在として崇めてるんだっけ。
だからみんな、ルーとサティから少し離れて2人を取り囲んでるのか。
でも私は、ルーとサティの友達だもん!・・・まだそうじゃないかもしれないけど、いつか絶対友達になりたいって思ってる。
神とか能力とか種族とか、そんなの関係ない。私は自分の意思で、ルーたちのところに行く!
「は、離してください。私は・・・。」
「いいよ、その子通して。僕の友達だから。」
ほえ?
不意にしたその声に振り返ると、ルーが天使のように微笑みながらこっちを見ていた。
ああ、『初めて出会った時の優しいルー』だ。
これじゃ、この町の人じゃなくても崇めたくなるよね。だって、本当に神様みたいなんだもん。
ルーのたった一言で、私の体は自由になった。あまりに突然だったから、前に倒れそうになる。
「遅いぞ、馬鹿。」
その反動でルーの真横に来たとたん、ルーは小声で『いつものルー』に戻った。
うぅ・・・この差が恐ろしい・・・・・・。
いつの間にかメルも、私の後からついてきたのかサティの横にいた。4人だけの空間になる。
「今、オレとサティで“気”を確かめてたんだ。この古代石の土台から、ほんの少しの情報なら得られるんだけど・・・。」
ルーはそこまで言って、言葉を濁らせた。
どうやら、言いにくいことらしい。
でも、きっとそれは私とメルが予想してたことで・・・。
「・・・どうやら犯人は、古代の民の女らしいんだ。古代の民が古代石を盗んだなんてこの町で言ったら、大混乱だろ?だからとりあえず、黒服の女ってことにしとく。いいな、余計なこと言うなよ。」
ルーは最後に、念を押すように付け加える。
私たちはそれに対し、深く頷いた。大丈夫、町の人には本当のこと言わない。
やっぱりルーって、根は優しいのかも。ちゃんと町の“人間”のこと、思いやってるじゃない。
少しだけ、心が軽くなる。
「・・・お前ら、驚かないのな。犯人は古代の民だって言ったのに。」
ルーが意外そうに目を丸くし、私とメルを交互に見比べた。
・・・意外、だよね。まさか、私たちが犯人を知ってるなんて思ってもいなかっただろうから。
でも、ジェルバが見た占い師、その特徴は・・・。
「・・・あのね、レトロアの炎竜石も、誰かに盗まれたの。それで私たちが犯人扱いされて、町を追い出されたんだけど・・・・・・その前日に、白銀の髪の怪しい占い師を見たって子がいて。もしかしたらそうなんじゃないかって思ってた・・・。」
「え!?炎竜石も・・・!?」
ルーは、大きな瞳を更に丸くさせた。
どうやら、レトロアのことは知らないらしい。私たちは、古代石のこと、占い師のこと、その人のせいで町長さんがおかしくなってしまったこと、私たちが町を追い出された経緯などを詳しく話した。
・・・私も、すごく驚いてる。
だって、この世界で神の象徴とされ、とても大切にされてきたものが次々に盗まれるなんて・・・。
何が目的なんだろう。よりによって、犯人は古代の民だって言うし・・・。
「!もしかして・・・。」
突然、メルがはっとしたように顔を上げた。
腰のケースから本を取り出し、ある1頁を開く。
「――――木よ、草よ、花よ。全ての植物は我と契約し、緑の神君臨す――――。我が名は木幽霊の力の行使者。我が下に、力を――――・・・。」
その場がしんと静まりかえった。
え・・・?あれ?
周りの草木はさわさわと微かに揺れるだけで、メルに応えようとしない。
ど、どういうこと・・・?
「そんな・・・。」
メルが、がくりと地面に膝をついた。
能力が、使えない・・・?
何で?今まで、メルにそんなことなかったのに・・・。
「古代石の力が弱まってるんだろうな・・・他の者が触れ、この場所から動かしたから。」
ルーが、メルの本を持ち上げ、しげしげと眺めながら言った。
木幽石は、“木々をまといし幽霊の神”――――植物を司る神。
だから、その加護を受け能力を使っているメルの力が弱まった・・・というより、使えない・・・?
「僕は、召喚士(デモンダー)じゃないから・・・力を分け与えてもらってただけだから、余計に影響が大きいのかな・・・・・・。」
メル・・・。
メルが、能力を使えない自分を責めているのが、痛いほどよく分かる。
でも、どうやって声をかけてあげたらいいのか分からない。いつだって、私より優秀なメルは私を励ましてくれたのに。
その時、ルーがメルの方を振り返り、口を開いた。
「ちっ・・・こんな時に。おいメルワーズ、言っとくけど能力が使えなくなったわけじゃねぇんだ。ただ、今までより極端に加護が少なくなったから、その能力習得し直せ。」
「習得し直す・・・?」
ルーの言ったことを、メルはそのまま聞き返す。
ルーは軽く頷き、続けた。
「ああ・・・要するに、能力の強さってのは『どれだけ加護を受けているか』によるんだ。古代の民は生まれながらにして『神の加護を受けた存在』そのものだから、能力が強い。けど、メルワーズ・・・お前は、神の加護を“上手く受け取れていない”。能力を器用に使いこなせていても、能力自体が弱いんだ。」
「!」
ちょ、ちょっと、言いすぎじゃない?
メルは、普通の人間なんだよ。ルーやサティみたいに、強い能力者じゃない。
何で、ルーはメルを傷つけるようなことを言うの?
私たち人間が、ルーたちのように強くなれるわけないのに。
「ルー、メルは・・・。」
「いいよ、リオ!・・・本当のことだから。」
反論しようとした私の言葉を、メルが遮る。
そう言いながらも、メルの表情は悲しそうだ。
役に立てない、何も出来ない――――・・・そんなようなことを思っているんだろう。
そんなことないのに。私は、メルがいてくれるだけで元気が出るのに。
「・・・・・・もし加護を受け取る訓練をしたら、今まで使ってなかった分、今まで以上に強くなれるかも・・・。」
ぽつりと、ルーが呟いた。
ほえ?
いきなり口調が変わったから、戸惑ってしまう。
それに、「今まで以上に」って・・・?
「ふ、ふん。オレらは、もうちょっと調査してくる。せいぜい頑張れよ。」
そう言って、何故かルーは顔を赤くし、くるりと私たちに背を向け歩き出した。
サティも当然のことのように、ルーの後を追う。
えっと・・・どういうこと?結局、何だったの?
ルーの後ろ姿を見つめながら首をかしげる私に、メルが微笑んだ。
「ふふ。ルーは素直じゃないんだよ。本当は優しいのにね。」
え?え?な、何なの、その意味ありげな笑い方は!
ルーもメルも、わけ分かんないよ。
うぅ、話してる内容が理解出来ないのって、辛い。
私も頭良かったらなぁ。ジェルバとか、メルみたいに。
・・・っていうか、古代の民って知に優れてるんだよね?ってことは、実はルーもサティも頭良いってことだよね?
うわぁ、かなり落ち込むなぁ・・・私だけじゃん、知能が低いの。
まぁ、今の話が知能に関係ないって気付くのは、もう少し先で・・・。
「・・・ね、ねぇリオ。」
不意に、メルが口を開く。
あ、いけない!ルーたちを追いかけなきゃ。
はっと我に返り、メルの方を見ると、メルの手が震えていた。
「ど、どうしたの?」
こ、今度は何?
また何かあったのかと、身構える。
でも、今度は悲しみは感じられない。ただ、嫌な想像をしてしまった時の、胸に刺さる恐怖感――――。
何か、思い当たることがあるらしい。
メルが、ゆっくりと顔を上げ、震える声で言った。
「あ、あのさ・・・レトロア、ギルンニガって古代石が盗まれたでしょ。次は・・・。」
!
メルの言葉の続きが、はっきりと頭に浮かぶ。
そんな――――でも、まさか。
けど・・・そうとしか思えない。何かあってからじゃ遅いんだ。
「ミクシルの古代石が危ない!」
確か、ルーが言っていた通りだと、次なる町は『ミクシル』。
炎竜石も、木幽石も・・・守れなかった。たくさんの人が、悲しい想いをした。
もうこんなこと、続けちゃいけない。私は、盗んだ犯人を許せない。
追わなくちゃ――――・・・きっと、犯人はミクシルへ向かってると思うから。
太陽が、古代石を失った土台を照らし始める。
私とメルはミクシルへと向かうべく、ルーとサティの消えた方向へと歩を進めた。