その夜、私たちは古代の民一行だということで、宿で手厚い歓迎を受けた。
宿の人みんなルーとサティに通り道を開けてたし、宿代を払わなくてもいいって言われた。
すごく悪い気もしたけど、よく考えたら私もメルも殆どお金持ってないもんなぁ。ルーたちに感謝しないと。
そこでもルーは、初めて私たちと会った時のような態度をとっていた。
優しくて、可愛らしくて、純粋で天使のような笑顔。
1つのボロも出さずに、完璧に。
ルーは、どうしてこんなことをしてるんだろう?
ふと、疑問に思った。
確かに『いい子』にしてるといろいろやりやすいだろうけど、普段のルーとの差が激しいよね。
何だか、人を騙してるみたいで・・・少し心苦しい。
どっちが本当のルーなんだろ・・・。
夜中、布団に入ってそんなことを考えた。
メルは既に、隣で安らかな寝息を立てている。
相当疲れてたんだね・・・・・・しょうがないか、今日はいろいろあったんだもん。
私のことに巻きこんじゃって、メルには本当に悪いことしたと思ってる。
もし今日の朝、私を呼びに来たのがメルじゃなかったら、メルは今もお母さんと2人で・・・。
そんなこと考えても、もうどうしようもないけど。
――――その時、カタン。
頭の方で、物音がした。
・・・?何だろ?
暗闇の中、一生懸命目を凝らしてみると、ルーの布団の中がもぬけの殻となっていた。
ルー・・・?
どこ行ったんだろう。
しばらく待ってみたけど、ルーは帰って来ない。
私もルーが気になり、布団を出て宿の外に出た。
夜空一面に、満天の星々が輝いている。
その星空の下、古代石のある広場の一角に、ルーはいた。
こちらに背を向け、広場の石造りに腰掛けている。
何してるの・・・?
私は暗闇への恐怖に耐えながら、一歩一歩、確実にその足を踏み進める。
だいぶ近くまで寄り、表情を窺える位置まで来た。
それでもルーはまだ、私の存在に気付いていない。
遠く・・・――――ずぅっと遠くを見ているようだった。
寂しさと不安と、いろんな感情がごちゃごちゃに入り混じった瞳で。
ルー・・・・・・あなたは今、何を想っているの?
昼間の優しい姿からも、冷酷な姿からも想像出来ない。別人のようで、声もかけられない。
ただ何か遠くの出来事を想うように、その場に佇んでいた。
どうしようかな・・・戻ろうかな。
でも・・・すごく気になる。
触れてはいけないと思う一方で、もっとルーのことを知りたい、出来る限りで解ってあげたいとも思う。
これから一緒に旅をしていくのに、何の力にもなってあげられないのかな。
“人間”である私には、何も出来ないの?
そう考えているうちに、ふと――――視線を感じた。
「ちっ・・・いたのかよ。」
どうやら、ルーに気付かれてしまったらしい。
ルーが、思いっきり嫌そうな顔をし、こちらを振り返っていた。
あ・・・バレちゃった。
「えへへ。ルーが出てくからさ、気になって。」
私は、わざと明るく言ってみせた。
自然と私の足は、ルーの方へと向かう。
それでも警戒を解こうとせず、ルーは私を睨み続けた。
・・・よほど人間が嫌いなのかな。
私を嫌悪の対象として見るルーを見て、不意に悲しくなった。
私を嫌ってるのが悲しいんじゃない。誰とも関わりを持とうとせず、たった1人で何かを背負ってるルーを見ているのが悲しいの。
信用してほしいなんて思ってない。みんながみんな、大勢の人を信じきれるわけじゃないことぐらい、分かってる。
それでも・・・少しは、話してもらいたい。ルーやサティは“気”で私たちを理解出来るかもしれないけど、私やメルは言葉にしてくれないと相手を分かることが出来ない。何も言ってくれなきゃ、何も分からない。
無理・・・なのかな。初めて出会ったばかりの私たち、それも『人間』と分かり合うなんて。
ルーからしたら、私たちは仲間でも何でもなくて・・・。
どうしてなんだろう。どうして人間が嫌いなんだろう。
今だって、昔ほどではないけど古代の民は人間に慕われている。
このギルンニガが良い例だ。人間は世界の理を創り上げた古代の民を慕い、尊敬し、崇めている。その名残が今もある。
人間と古代の民が互いに害を加えるようなことは、普通は絶対しない。
故に、良い関係を築いていると思う。
それなのに、どうして・・・。
「あ・・・あの、ルー・・・。」
重たい雰囲気に耐えられず、私は口を開いた。
でも、
「お前と話すことはない。」
ルーはそう言うと踵を返し、足早に宿の方へ消えていってしまった。
やっぱり・・・。
話すら聞いてもらえないなんて、かなり落ち込むなぁ。
私はこれ以上深く考えるのをやめて、眠りにつこうと宿に向かって歩き出した。
これから――――これから、少しでも分かり合っていけたらいい。何故か前向きに、そう思えた。
ルーのことに気を取られてて、気付かなかったんだ。
木幽石に忍び寄る、白銀の髪の持ち主に――――・・・。