演出ユディより皆様へ
私にとって演劇とは、美学の実践であるとともに、「考えることの方途」でもある。長きに亘り私と活動をともにしてきたインドネシアの若き芸術家らとともに、私はク・ナウカの若き日本人芸術家らと出会い、そして互いに協力し会うため日本を訪れた。この信念を彼らに提示し、我々を取り巻く環境やその問題点について考える一つの方途として演劇を用い、また行うよう私は皆に求めている。
『ムネモシュネ』は、今日の生活における記憶の問題についての我々の思索や議論、研究に基づく演劇作品である。それらは私たちを人間たらしめているものについてであり、また幼少期や日常生活の経験、我々の了解の中に植えつけられたものについて、私たちの知覚、想像、他人との意思疎通・触れ合いを構成するものについてでもある。我々の記憶は環境に左右される。それはつまり、記憶とは他者との触れ合いを通して我々がどのように歩み、生きてきたかということでもあるからだ。
この基本テーマによって演劇作品は始められ、このテーマを通して異文化を有する俳優、作家、映像作家らが共同作業を行い相互作用を及ぼすために集った。全くの個人として、また共同体の目撃者として、社会の一部に過ぎないながらも、彼らは何を考え、何を感じ、何を発見するのか。我々の作業過程は、それらを探求、研究、視覚化、体系化し、そして発信につながってゆくに違いない。
最後に。私たち同様、皆様に最大限この作品を楽しんで頂けることを我々一同切に願っております。
テアトル・ガラシ演出家 ユディ・タジュディン
『ムネモシュネ』は、今日の生活における記憶の問題についての我々の思索や議論、研究に基づく演劇作品である。それらは私たちを人間たらしめているものについてであり、また幼少期や日常生活の経験、我々の了解の中に植えつけられたものについて、私たちの知覚、想像、他人との意思疎通・触れ合いを構成するものについてでもある。我々の記憶は環境に左右される。それはつまり、記憶とは他者との触れ合いを通して我々がどのように歩み、生きてきたかということでもあるからだ。
この基本テーマによって演劇作品は始められ、このテーマを通して異文化を有する俳優、作家、映像作家らが共同作業を行い相互作用を及ぼすために集った。全くの個人として、また共同体の目撃者として、社会の一部に過ぎないながらも、彼らは何を考え、何を感じ、何を発見するのか。我々の作業過程は、それらを探求、研究、視覚化、体系化し、そして発信につながってゆくに違いない。
最後に。私たち同様、皆様に最大限この作品を楽しんで頂けることを我々一同切に願っております。
テアトル・ガラシ演出家 ユディ・タジュディン