皆さん、こんにちは。青森市議会議員の中村ミツオです。

前回の記事では、いじめや父の急死、そして愛娘との別れという「人生のどん底」についてお話ししました。

しかし、私の苦難はそこでは終わりませんでした。

後編となる今回は、破竹の勢いからの「リーマンショックでの転落」、消費者金融を駆けずり回る日々。
そして身に覚えのない「警察の任意同行」……。

さらなる十方塞がりのなかで、私がどのようにして自分を取り戻し、今の信念にたどり着いたのか。

正直、思い出すだけでも冷や汗が出るような話ばかりですが、包み隠さずお伝えします。
「もう、これ以上は無理だ」と夜も眠れないほど悩んでいるあなたに、少しでも届きますように。

 

このブログでは、市民の方からいただいたご質問に、偽りなくQ&A形式で率直にご回答します!

 

当ブログ内容はYouTubeの中村ミツオチャンネルでもお伝えしております。
是非こちらのYouTubeもチャンネル登録、ご視聴よろしくお願いいたします。
 

 

 「破竹の勢い」からの転落。売上と借金が並んだ日

 

独立後、ミツオ電設はオール電化ブームの波に乗り、青森市内で知らない人はいないほどの成長を遂げました。

Q:当時はかなりイケイケな経営だったのでしょうか?

いやぁ、完全な「勘違い野郎」でしたね(笑)。

「何をやっても成功する」と過信して、周りの忠告も聞かずに人を入れて、設備投資をして……。

でも、リーマンショックで状況が一変しました。
原油価格が下落し、あれだけ流行ったオール電化に見向きもしなくなった。
気がつけば、売上と借金の額が同じ。

毎日、社会保険料やリースの催促電話が鳴り響く。
銀行も貸してくれない。
ありとあらゆる消費者金融からお金を借りまくる日々。

「もうダメだ、終わった」と、心がポッキリ折れかかっていました。

 

 「雪の中のお墓参り」と「12年越しの土下座」が起こした奇跡

 

そんな私を救ってくれたのが、恩師・川俣先生の言葉でした。

「お前は全部自分の力でやったと勘違いしている」

――その言葉に、私は泣きながら頷くしかありませんでした。

Q:そこからどうやって状況を打開したのですか?

先生に明日からお墓参りに行けと言われたんです。

時は2月。
青森の墓地は2メートル近い雪の中ですよ(笑)。
親父の墓の場所すら分からない。

でも、やるしかなかった。

周りからは「ミツオは宗教に走ったか、バカになった」と言われましたが、100日続けた頃、不思議と仕事が回り始めたんです。

さらに、東日本大震災でまた仕事がゼロになった時、私は決意しました。
24歳で喧嘩別れした元上司に謝りに行こうと。

12年越しの土下座です。

すると上司は、私の窮状を知っていてくれた。
「あの時は自分も後悔していた。中村さんを助けてあげられるのは今しかない」と、なんと1000万円もの負債を立て替えてくれたんです。

憎しみが感謝に変わった瞬間でした。

 

 母との最期。バニラアイスが教えてくれた「親孝行」の形

 

ビジネスが回復し始めた頃、今度は母が余命宣告を受けました。

Q:お母様との最期のエピソード、詳しく伺えますか。

意識も朦朧とし、食べることすらできなくなったお袋の病室へ毎日通いました。

最期の日、妻が「お母さん、バニラアイスが好きだったから食べさせてあげて」と言うんです。
無理だとは思いつつ、唇にアイスをつけてあげたら……。

お袋が、ペロッと舌を出して、美味しそうに生唾をゴックンと飲み込んだ。
そして、私の手をギュッと握ったまま、息を引き取りました。

これが親孝行になったのかは分かりません。
でも、あの手の温もりは「ミツオ、頑張れよ」という無言のメッセージだったと信じています。

 

 朝8時の警察連行。「心までは奪わせない」無実の闘い

 

市議会議員として「八甲田の風力発電反対」などを訴え、政治生命をかけて活動していた2022年。
当選直後の私を襲ったのは、ドラマのような出来事でした。

Q:警察に任意同行されたというのは本当ですか?

本当です。
朝8時、タイヤを鳴らして止まった車から刑事が飛び出してきて、そのまま連行されました。

取り調べは1日13時間。
水一滴飲むのも、トイレに行くのも監視される極限状態。
精神的におかしくなり、病院で入院を勧められるほど追い詰められました。

でも、薬を捨てて「こんなんで負けるか!」と闘い続けました。
年明けに「事件は終わりです」と釈放されましたが、結局は利権絡みの圧力が私を失権させたかったのでしょう。

疑いはかけられたが、心までは奪われなかった」。
それが私の誇りです。

 

 中村ミツオの信念「信ずれば成り」

 

私の51年の人生は、傷だらけです。でも、今の私は心の底から幸せだと言えます。

Q:最後に、今苦しんでいる方へメッセージをお願いします。

私も悩んでいる時、誰にも相談できませんでした。
だからこそ、今度は私が「相談できる場所」になりたい。

「信ずれば成り」
未来は必ず明るいと信じれば、物事は解決に向かいます。

私の目標はただ一つ。
「正直者が報われ、救われる青森市」を作ることです。
 

今回お話した内容を、YouTube『中村ミツオチャンネル』ロング版で詳しく語っております。

より詳しい内容を知りたい方は、ぜひご覧ください。

 

 

 

十方塞がりの夜があっても大丈夫。
夜明けは必ず来ます。
一緒に一歩ずつ、進んでいきましょう!