
『俊寛』は、何度か観たことがある。私にとって、演目の中に『俊寛』があると ガッカリしてしまう演目。『俊寛』は本当に難しいお芝居だと思う。お話自体が感動する内容なので、役者さんが頑張れば頑張るほど、嘘くさく感じてしまうのだ。それは、役者さんの問題ではなく、理解出来ない、受け取れないこちらの問題かも知れないけど、、、。私の頭の中に残っている『俊寛』は、先頃お亡くなりになった勘三郎さん、そのお父様の、十七代目の中村勘三郎さん。そして、何年も前の中村吉右衛門さん。お三方共に名優でいらっしゃる。お三方のファンの皆様には大変叱られと思うけれど、正直なところ、船を見送る場面、名優の技をこれでもかと見せ付けられて、ウンザリしてしまったのだ。(『俊寛』に限りですよ。誤解のなきよう。)『俊寛』で本当に感動することがあるのか?一度だけある。テレビでの視聴だったけれど、文楽、人間国宝、吉田玉男さんの『俊寛』。無表情な人形が、無念の想いで一気に崖を かけ上がる。太夫の力もあるけど、その場面でグググッと胸に来てしまったのだ。
ダッシュするタイミングと、その速さ。人形だから、なせる技で人間では無理なのか?何故か、坂東三津五郎さんなら感動出来るかも、と根拠なく淡い期待を持ってしまった。私の友人が三津五郎さんの知り合いだったので、生前、「友人が三津五郎さんの『俊寛』を観たいと言ってます。」と伝えてくれた。「僕もやりたいです。」と仰ったとか。早くに旅立たれて、本当に😖⤵️がっかりしてしまった。そして、今回、海老蔵さんの『俊寛』。えっ?もう?無謀じゃない?チャレンジャーですねー

。期待と不安で昨夜、観賞。凄いものを観てしまった。凄い俊寛を見てしまった!っといった印象だ。全く想像を越えた、新しい俊寛。そして他の役者さんでは出来ない、海老蔵さんだけの壮絶な俊寛。残酷な言い方で、大変失礼かもしれないけれど、麻央さんの死がなければ、この域に達するのは不可能だったのではないかと思った。ブログで毎日発信される、笑顔の裏にある、この2,3年の哀しさ、寂しさ、無念、不条理な運命に対する恨み、亡くなった愛する人への未練、絶望、様々な負の感情が入り交じって、地獄を見た海老蔵さんの魂の叫びのような俊寛だった。岩陰から登場すると、既に完全にやつれて疲れはてた、俊寛そのものだった。『牡丹花十一代』の鳶頭の時、かなりお痩せになって、美しいけれど元気なく見えたので心配だったけれど、この俊寛にはピッタリな風情。弱々しいが眼光鋭く、険しい表情。大変な迫力だ。この鬼気迫る表情誰かに似ている。誰?ゴヤの作品、「我が子を食らうサトゥルヌス」。ここまで怖くないけど、それほど、壮絶なお姿でした。俊寛を、見守る丹波少将成経の九團次さんの目の演技がよかったわー。痩せて、ますます端正でお品良くなられて(失礼!)様子も良かったけれど、俊寛が戻れないとわかった時の心配そうな目、やはり戻れるとわかった時の嬉しそうな目。心情がこもったお芝居で、海老蔵さんを援護射撃する。最後の船を見送る場面。無念で崖に登り叫び、やがて船が見えなくなり、諦め、全ての運命を受け入れ穏やかな表情に変わる。海老蔵さんの穏やかな表情が深い。素晴らしい幕切れ。感動が会場を包んでいたのがはっきりわかった。命を削った舞台。感謝、感謝です。

