昨日は宿泊地の大阪から午前中は中之島の関電グループのKENES(ケネス)で打ち合わせ。午後からは姫路へ移動。

 

東海道新幹線で在宅復帰する途中で前日、名古屋駅地下街コインロッカーに置き忘れたキャスターバックを無事にピックアップ。自宅トランジット10時間で本日はみちのく山形へ移動だ。

 

一昨日も岐阜の病院で一緒に仕事した(株)メデュアクトの流石 学(さすが まなぶ)代表が日本大学薬学部の非常勤講師としての後期講義が始まった。

 

関東学院大学経営学部と日大のWスクール非常勤講師。名古屋駅地下街エスカで巨大エビフリャー型UFOに連れ去られる寸前の流石氏だ。

何しろ東京薬科大学修士で薬剤師。武田薬品MRとして札幌を担当してから、退職後、慶応MBAホルダーというWマスター。

 

さらに中小企業診断士で水族館経営会社社長で島根県雲南市町おこし隊というマルチタスク人間だ。

 

11月11日に流石氏と2人でDPCに特化したHMS主催の急性期病院セミナーをやります。ぜひ、ご参加下さい。

http://www.hms-seminar.com/seminar/?id=1536116616-007029

 

日本大学薬学部だが、ボクが在籍当時の38年前は薬学部ではなかった。

 

日本大学理工学部薬学科という「学科」というめずらしい存在だった。もちろん当時は危機管理学部なんてなかった。

 

西荻窪の窓の下には神田川ならぬ善福寺川沿い風呂なし4畳半アパートのマイルーム隣の3畳部屋に同学年の群馬県伊勢崎市出身の日大薬学生Iくんが住んでいた。

 

3畳は狭くて、I君は押入れに足を突っ込んで寝ていた。彼に比べたら、こちとら畳1枚半ほど多い4畳半のブルジュアだ。