ジャンヌ・ダルクを知っていますか? | penのフランス語日記

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こんにちは。penです。子ども新聞の和訳です。きょうはJDEに2012年の1月6日にアップされた記事です。

ジャンヌ・ダルクの誕生日はユリウス暦1412年1月6日です。去年、生誕600年だったのでいつにもまして話題になりました。

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photo by dbking


元記事 → www.jde.fr : Tous les articles : Bon anniversaire Jeanne d'Arc ! 06/01/12 à 10:48

Bon anniversaire Jeanne d'Arc !
お誕生日、おめでとう。ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルクが生まれてから600年たちました。彼女について知っていますか?

ジャンヌ・ダルクはフランス史において重要な人物です。彼女はヴォージュ(Vosges)の小さな村、ドンレミ(Domrémy)で1412年1月6日に生まれました。

13歳のとき、ジャンヌは自分が「フランスを侵略者から解放しろ」という神の声を聞いたと言いました。その頃、フランスはイギリスと百年戦争 (la Guerre de Cent ans)をしていたのです。

彼女は両親が止めるのも聞かず、ロレーヌ( Lorraine)を立ち、後に国王になるシャルル7世(Charles VII)に会いにいきましたが、始めは彼はジャンヌの頭がおかしいと思い、その申し出を拒否しました。

しかし、ジャンヌが食い下がったので、シャルル7世はジャンルをオルレアン(Orléans)に行かせました。フランス兵がイギリス兵に包囲されていたところです。

ジャンヌは兵士たちの自信を回復し、1429年の5月7日の夜から8日の朝にかけてにイギリス兵は退却しました。これは神の奇蹟と考えられ、彼女の名前はフランス中で知れ渡りました。

このあともジャンヌは戦いを続けますが、1430年の5月23日にイギリス兵につかまりました。オルレアンでの敗北を導いたこの女性をイギリス兵は許しませんでした。またイギリス人は、神の声を聞くとは、ジャンヌは魔女である、と考えました。

彼らはジャンヌを魔女裁判にかけます。彼女が魔女だという証拠はなかったのですが、男装したことと、両親の反対を押し切って出てきたことを罪として、1431年の5月30日にジャンヌを火あぶりの刑に処しました。彼女は19歳でした。

死亡したあと、母親の主張で再審議が行われ、初めの裁判は不当だとされました。20世紀になって、ジャンヌはカソリック教会により聖女に指名されました。

歴史学者はジャンヌの話がすべて本当だとは言っていません。誕生日からして、1412年の1月の初めの15日のうちのいつかであり、1月5日、1月6日と諸説あります。

ジャンヌは貧しい羊飼いだったとする本が多いですが、金持ちの農場主の娘という人もいます。また、神の声を聞いたというのも、全くの作り話ではないかという歴史学者もいます。


*単語メモ
envahisseur 侵略者
assiéger 包囲する
siège (都市、要塞の)包囲
intenter un procès à qn ~に対して訴訟を起こす
établir 立証する
tricheur, tricheuse ペテン師、いかさま師



*関連ニュース
Jeanne D'arc une héroïne complexe 1分52秒


去年TV5MONDE - 7 jours sur la planète - FLE - français langue étrangère - exercices cours activitésでとりあげられたニュースクリップです。


*本や映画がたくさんありますが、この方のジャンヌ・ダルクの生涯をたどったエッセイ(中公文庫)が手軽かもしれないです。

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