私は、叔母が経営する小さな運送会社に入ってしばらくは、ナンバー2という立ち位置に慣れかけていました。丁度、一年後あたりでしょうか…
最初の半年は6名の荒くれ者ドライバーに無視され、嫌がらせを受け、ワガママなドライバーの代わりに慣れないトラックの運転も数知れずこなしていました。
荒くれ者ドライバーの横乗りやチーム運行をこなして行くうちに段々と気心も知れて来ました。
ドライバーの可哀想な性や社会的弱者である事も解って来始めました。
例えば、本人は真面目に生きて来ていても親父が外道であったり、夜逃げ同然で故郷を追われて来た者もいましたし、出生地の問題のある者もいました。
聞きすぎてはいけないのですが、今も同じです。ドライバーは本当に寂しがり屋なんです。
孤独が好きだから気ままに見えるドライバー職を選んだ訳でも無く、ただ一人が気楽だからなんです。要は、人付き合いが苦手なドライバーが多い訳です。
叔母は、当時「ドライバー職は世の中の底辺の人達」と私に揶揄しました。結論から言うとそれは違う。トップがそう思っているからそういうレベル以上の人が集まってこないのです。
さて、ここからが方針の話です。方針を伝えるということは、伝える相手が理解できると信じる事がスタートです。
どうせ解る訳ないと思って話して伝わる訳がないのです。
しかし、同じことを言っても伝わる場合と全く伝わらない場合があります。
その違いは、その方針が誰のためのものとして話すかということです。
トップ自らが、トップである自分のために作った方針にただでさえ正直なドライバーが聞く耳を持つ筈がありません。
最初の1分で両耳のシャッターが下りています。
紛い物が通用しないのがドライバーの性です。特に生き方の不器用なドライバーほど小さな運送会社に入って来ます。
何のために、そして最終的に誰のための方針であるかを根気良く話すことが大事なんです。
私の作った方針は、
「小さな一流企業を作る 人作り 社会づくり」です。
小さくても良い。量より質を極めて少数精鋭の妥協のない集団を作ろう
とドライバー一人一人に訴えました。
ただ、辞めると言った者は絶対に引き留めない変化と常に闘う集団を追求することも宣言しました。
この宣言が過酷な社長業となった反面、大きな栄冠も舞い込んで来たのです。
次回は、
小さな一流企業を追求して来たプロセス
について書きます。