三つ前の記事で、カートさんはじめ、CBC解説陣の羽生選手のフリー演技に対するコメントを翻訳しました。
いつも言ってるように、私は聞き取った英語の言葉を記事に書き表すようにしています。そうすれば読者の皆さんが各自で「いや、ここはこういう風に訳した方が良いだろう」と、ご自分なりのバージョンを作れると思っているからです。
こんな楽しいディスカッションの機会を与えてくれる、という観点からも私はいつも羽生選手に感謝しています。でなければめんどくさがりの私は絶対にこんな作業、しませんもん。
老化・退化する脳の動きを活性化するには、楽しいことに没頭するのが一番!!
あ、前置きが長くなりました。では翻訳の説明や「ツボ」の解説です。
カートさんが演技冒頭で言った:
"if it isn’t broke why fix it?"
これは「正しくは」 "If it isn't broken, why fix it?"、
あるいはもっとくだけた言い方として、"It it ain't broke, why fix it?"
なんですが、カートさん、両方、交えちゃってますね。まあそれは良いとして、とにかく何らかの事態に関して、「そのままにしといたら無難なのに、わざわざ手を施してかえって悪化させる」のは馬鹿げている、という表現です。
でもそんな常識が通用しないのが我らが羽生選手。
イーグルからトリプル・アクセル、後半にクワッド一つ、そして3-3のコンビネーション、がスケカナでは上手く行かなかった。
じゃあ、
イーグルからクワッド、そんでから二つ目のクワッドをコンビネーションに入れて、アクセル後半に入れたらどうよ?
っていう、(本来、全然「じゃあ」ではつながらないような)逆説的な発想がすごいです。
結果的にはそれがドンピシャだったわけですが。
次はカートさんが羽生選手の「支配力」についてコメントしている箇所です。
英語の解説を聞いていると "selling a program" と言ってるのをよく耳にします。これは選手が自分のプログラムを滑りながら観客やジャッジに、「営業している」ようなニュアンスですね。
「良いでしょ、素敵でしょ、私だってこんなに信念を持って滑ってるんだから、認めてちょうだい」という具合に。
なので "(He is) commanding YOU to believe everything he’s selling, right now
カートさんは羽生選手の滑りがあまりにも圧倒的な自信に溢れていて、まるで「SEIMEI」というプログラムを通して訴えかけている事を「今、ここで、全て受け入れろ!」と観ている者に有無を言わさないように命令しているかのようだ、と言ってるのです。
プログラム後半にさしかかって、三つめのクワッドがコンビネーションで入る。この時、カートさんは
It’s a game-changer.
と言いますが、これは最初の私の訳(「一気に試合の流れが変わる威力がある」)では少しニュアンスが違うように思います。羽生選手が三つめの四回転をプログラム後半に入れたことによって、このプログラム自体、これまでとは全く様相が変わるほどの威力がある、ということが言いたかったのだと思います。
そして次の箇所が、カートさんがポッドキャストでも言ってることに当たるんでしょうけど、二つ目のトリプル・アクセルを含んだ連続ジャンプについて
凝ったフットワークから
Into a HIDDEN triple axel
「隠れた」トリプル・アクセルに、だよ
まさかこんなところからトリプル・アクセルが飛び出すなんて、という驚きですね。
「秘密の」トリプル・アクセル
「隠し」トリプル・アクセル
などとした方が良かったのかな、と思案中です。いかがでしょうか。
そしてここは私の「ツボ」の一つなんですけど、画面に羽生選手の顔がアップになって
この表情の時。
カートさんも一緒になって思わず「ぐわああッ」て声を上げる。もう本当に一心同体です。自分も同じ気持ちになって、この時、選手がどんなに気持ちが良いのか、を表現してるんですね。
これは2014年のワールドのFSでもカートさん、やってます。冒頭の4Sで羽生選手が必死でこらえた時、自分も力んで「ぐおおお!」みたいな声を出してる。なんたる感情移入。
ご存知の方も多いでしょうが、カートさんは4度、世界チャンピオンに輝いています。そんな彼が、一度でも良いからこんな演技がしたかった、って言うんですからね。今、彼はどんだけ気持ちいいだろう、と羨ましがっている。
その後、リンクから下りてきた羽生選手を迎えたブライアンが「何も言葉がないよ」と言うのを聞いて、すかさず「ブライアン、解説者じゃなくて良かった」と言ってるのも面白い。(←ツボその2)
さて、振り付けに関してはシェイリーンに敬意を表しながらも、羽生選手が鋭い感性をもって "HIS little moments"=「自分なりのこれ、といった瞬間を創り出す」と言ってるのも素敵です。(私はこれを記事の中では「きらりとした瞬間」とあえて訳しましたが)要するに観ている者に「おっ!」と思わせるような場面ですね。
そして例のステップについても絶賛していますね。
「何もしていない」ように見えて、同時に「これが全て」といった演技だと。
カートさんはこの"Nothing"という言葉をもう一度、使っています。
NOBODY in the business, right now, stands at center ice and does 'nothing', better than he does.
ここの訳もちょっとまどろこっしいのですが、要は、
リンクの中央に立ち、音楽のスタートを待ちながら佇んでいる時点ですでに彼のパフォーマンスは始まっている。
観客は彼に注目して、彼のコントロール下に置かれる。
この「何もしない」数秒間の間、の存在感においては、彼に勝る選手は誰もいない、
ということです。
実は番組の中で、演技の解説に入る前にカートさんは羽生選手の事を「1万6千人の観衆の注目を、一身に浴びて喜びを感じるロックスター」と称しています。
"Look at me, I'm worth it! "
「皆、俺を見て!それだけの価値があるんだから。」
そんな感じでリンクの中央に立てる選手だ、と言っています。
カートさん、つくづく「ロックスター」が好きなのね。でもこの表現は確かに他の人も良く使ってて、ステージでファンの歓声を一身に受けて、陶酔する、カリスマ的なイメージが強いんですね。
はい、長くなってますがあとちょっとです。
私が訳すのにちょっと苦労して、しかもツボったのが、羽生選手のジャンプに関するカートさんの表現。(ツボその3)
ジャンプを着氷する際に
he UNFOLDS, in a way where that free leg actually accelerates him out of the jumps.
らしいんですが、この時のスロー再生を見ていると確かに羽生選手のフリーレッグがグルリンと「ほどけ」て行ってるように見える。その事を言ってるんだと解釈しました。
UNFOLDは、いったん、たたまれた物が徐々に開かれていく様子を指しますし、ある状況が「展開する」という場合にも使われます。
カートさんのコメントを聞いて、私は
跳躍するにつれて固く絡まるように閉じられて行った脚が、
下りる時には逆にまた徐々にほどかれて行って、
(当然、これら全てが1、2秒の間に起こってるんですが)
まるでコマを回すときの紐のような役割を果たしているのかな、
と、ごくごく素人感覚的に解釈しました。
だから着氷してからもスピードが損なわれないのか、とか。
次のポイントはけっこう色々な質問がありましたが、
こういった怒涛の解説が全て終わって、カートさんが
Okay! Um, I’m done here, I think
よっしゃ、えっと、ぼくもうこれで今日は上がらせてもらおうかな。
って言ったのは、あまりにも衝撃的な演技に、解説しているだけでも疲れ果てて、大きな仕事を終えた気になってしまった、ということをユーモラスに言ってるわけです。
それでアンディさんが「いやいや、ちゃんとスコア聞かないとダメでしょ」ってたしなめる。
そしてカートはこれだけでも今日はてんこ盛りなのに、この上にまだすごい(であろう)スコアを聞くわけ?それってまるで(すでに甘い)ケーキにアイシング(甘い砂糖だらけのトッピング)を乗せるみたいだけど、と言います。
結果的にはかつての採点法で「6.0」が一斉に並んだ時の様な、圧倒的な、ジャッジも「参りました」と言わんばかりのスコアだったわけですが。。。
あー、以上です。
何かこの他にも質問があればご遠慮なく。