吉例顔見世興行夜の部を観に京都ロームシアターに行ってきました。
最近忙しくて全然芸術に触れられていません。やっぱり月に1回ぐらいは歌舞伎を観て、非日常を楽しみたいものです。



「良弁杉由来」二月堂
中村鴈治郎さんと、坂田藤十郎さんの実際の親子が生き別れになった僧侶と老婆の再会を演じます。義太夫の語りとともに物語が進行するので、重々しい雰囲気です。

奈良の東大寺の二月堂にある良弁杉。良弁大僧正(中村鴈治郎さん)は、赤ちゃんの時に鷲に連れ去られて母渚の方(坂田藤十郎さん)と30年離れ離れになっていたのでした。奈良を題材にしているので、関西でやるにはちょうど良い演目ですね。

藤十郎さんの渚の方は、足の運びなど本当の老婆のよう。しかし、物乞いをする貧しい様でありながら立ち居振る舞いに品があるのはさすがです。

鴈治郎さんは、いつものように上品で情の深いお姿でした。
親子の再会を描く、感動のお芝居でした。

お付きの僧がずらーっと舞台に並んでいるのですが、動いて台詞を言うのはほぼ良弁大僧正と渚の方のみ。もっといろいろな役者さんがたくさん出るお芝居も好きです。



「俄獅子」
背景は華やかな吉原。長唄の音楽が賑やかで楽しいです。やっぱり踊り好きです。俄というのは、江戸時代の仮装演芸会のことをいうそう。中村時蔵さんの芸者は、とても綺麗で粋でした。舞台にいるとなぜか落ち着く方ですね。62歳とは思えない若々しさ。もう一人の芸者は片岡孝太郎さん。

そして、襲名する中村橋之助さん、中村福之助さん、中村歌之助さんら鳶の三兄弟や、他の芸者3人も出てきて華やかな演目でした。こういう、様々な役者さんが出てきて、順番に踊るのは楽しくて好きです。最初は中村時蔵さんと片岡孝太郎さんの二人踊り、続いて鳶3人の踊り。3人が見得を切るところは、とてもすっきり決まっていました。さらに獅子舞も出てきます。最後は廓の若い者が傘を持って出てきて、立ち廻りになります。

傘を使った立ち廻りは市川海老蔵さんの「男伊達花廓」にも似ていますね。海老蔵さんのは傘に三升が描かれていましたが、今回は「よろずや」と「まつしまや」と書かれた2種類の傘。襲名をする鳶の3人が揃っているのに、この演目では終始「よろずや」と「まつしまや」が立てられていました。せっかく3人が揃っているので、もっと3人を観たいなぁとも思いましたが、キリの演目にも3人揃って出てくるので、これぐらいでちょうどバランスがよかったのかもしれません。

一つ勉強になったのは、鳶の刺青のこと。江戸時代鳶の人たちは刺青をしていましたが、それは火傷を予防するためだそうです。刺青をすると物理的に火傷をしにくくなるのかどうか分かりませんが、おそらく刺青に霊的な力も求めていたのかもしれません。世界にはそういう刺青文化がたくさんあるので、江戸時代の鳶もそうだったかも知れないことを知り勉強になりました。

この演目は2016年3月の歌舞伎座でも見ましたが、あの時はほとんど印象に残りませんでした。やっぱり、役者さんのことを知れば知るほど、見れば見るほど楽しめるのが歌舞伎の奥深いところなのでしょうか。



「人情噺文七元結」
真面目な印象のある中村芝翫さん。芝翫さんの世話物は観たことがないので、どんな感じなのかな?と思いましたが、夜の部はこれが一番面白かったです。左官長兵衛(芝翫さん)と女房お兼(中村扇雀さん)のドタバタ夫婦っぷりに、大いに笑いました。特に扇雀さん!私は、扇雀さんをこんなにじっくり見たのは初めてですが、こんなに楽しい方なんですね。ちょっとした間や視線のやり方が大変可笑しかったです。物語も、どう転んでいくのかハラハラドキドキ。最後は人を思いやる人情が報われ、めでたくハッピーエンド。襲名口上もありました。

親のために自ら廓に身を売りに行く娘お久は中村壱太郎さん。ずーっとうつむきで顔が見えないのですが、ただならぬ佇まい。誰かと思ったら壱太郎さんでした。困窮して、着るものもみすぼらしく、泣きはらしたような赤い目のお久。壱太郎さんは白塗りではなく、ほとんどすっぴんのような感じでしたが可愛かったです。

中村芝翫さんがお久の身代に50両(約500万円)を預かって帰る場面は、あらすじを読んでいなかったので物語展開にハラハラドキドキしました。博打がやめられなくて結局散財してしまのではないか。あるいは、足が痺れてヨタヨタだったので、帰り道にどこかに50両を落としてしまうのではないかなど。しかし、物語は思いもよらぬ展開に・・・。

道中、主人のお金を落としてしまう和泉屋手代文七は中村七之助さん、和事味のあるナヨナヨした役柄です。手代というのは、丁稚を務めあげ、17-18歳になったらなれる職だそう。死のうとする文七に、娘お久の身代に借りたお金50両を差し出そうか差し出すまいか思案する長兵衛(芝翫さん)は、揺れ動く心情が良くわかりました。人の命には代えられないということで、長兵衛はお久の身代金50両をあげてしまいます。大酒のみで博打がやめられず、娘が身を売るかもというどうしようもない男なのに、人の命は救いたい。そういう、一筋縄ではいかない人間の複雑な心理描写が素晴らしい作品だと思いました。



最後の四場が一番楽しかった!!50両の金をめぐって夫婦喧嘩をする芝翫さんと扇雀さんのやり取りに大笑いしました。親孝行のために娘が身売りするという、ともすれば湿っぽいお芝居ですが、可笑しな芝居も間に挟み、絶妙なバランスですね。

間に入る大家は坂東彌十郎さん、鳶頭の片岡仁左衛門さんとだんだん役者が揃っていってワクワクします。仁左衛門さんの鳶姿はすっきりしてとても粋でした。大家、鳶頭と世話物の長屋に欠かせない人物たちが登場し、それぞれ典型的な役割を果たすので、わかりやすかったです。そして、和泉屋の旦那(中村梅玉さん)と文七(七之助さん)の登場。ここでは、枕屏風が小道具としてうまく使われていました。こういう江戸庶民の生活風情を芝居にさりげなく取り入れるのも粋ですね。

このお芝居を作った三遊亭円朝は、江戸時代の左官夫婦の人物像の描き方が見事だと思いました。いくら貧乏でもお恵みは要らないと啖呵を切ったり、一度渡した金は受け取らないと50両を文七に渡したりする長兵衛。腕はあるけど大酒のみ。貧しいけれど粋もわかる。職人男性の人物描写がうまかったです。それに対して、娘第一、身代金第一の現実的な女房も(名前もおかね笑)。こういう夫婦、本当にいそうです。

最後は、和泉屋が娘お久を身請けしてくれ、美しく着飾って戻ってきます。文七との縁談も決まるという目出たいことづくし。ちなみに縁談の話している間、仁左衛門さんは後ろで終始ニコニコ。本当に嬉しそうでした。文七は元結という髷の根を結い束ねる紐を考案し、売ることで和泉屋から暖簾を分けてもらいます。お芝居の題名となっている元結はそこからきているのですね。

そして襲名口上。仁左衛門さん、梅玉さん、彌十郎さん、七之助さん、扇雀さん、壱太郎さんと主な役者さんが横並びで口上です。一人ひとり前後の並びの位置が微妙に違うんですね。歌舞伎ってこんなところまで立ち位置にこだわるのかと驚きました。扇雀さんは口上まで笑いを取って面白かったです。

お芝居を見ながら、一つ疑問がありました。それは、なぜ年越しがそんなに大変なのか。貧しいなら貧しいなりに質素に年を越せばいいのではないかと思いました。後で調べて分ったのですが、江戸時代、町人の1年間の借金は、年末に返さなければならなかったんですね。これで、お久が身を売ろうとまでする理由がわかりました。そして文七にあげてしまった50両の重みも。知れば知るほど奥が深いです。

 



「大江山酒呑童子」
能の「大江山」をもとにした舞踊だそうです。大江山は京都府にある山。京都でやるのにピッタリの演目ですね。この演目は「黒塚」に似ているなと思いました。鬼が老女になっているか酒呑童子になっているかの違い。鬼が山伏に扮した人々に平定されてしまうところも同じ。中村勘九郎さんは、いつも以上に声がカラカラで、最初は声が出ないところもあり心配になりました。

この演目では、珍しく中村福之助さんと中村歌之助さんの女形を見ることができました。お2人とも可愛かったです。教わった振りを丁寧に踊っていたのが印象的でした。女形もいいのかもと、将来が楽しみになりました。橋之助さんは所作だけでなく声もますます立派になっていますね。

酒呑童子は、大江山で鉄の館に住んでいます。これは山奥で製鉄をしていたということなのでしょうか?わかりませんが、茨木童子など多くの部下を従えた日本史上最強の鬼。最後は迫力の形相が見られるかな、と思いきや「黒塚」に比べて意外とあっさり源頼光(中村七之助さん)らにやられてしまいます。鬼が化けているからこそ、正体を現す前と後でギャップがある方が面白いですね。前半の酒呑童子は、もっともっと無邪気でも私は好みでした。

「黒塚」は老女が鬼になる背景が描かれていて面白かったです。老女に同情すらしました。酒呑童子もなぜ鬼にされてしまったのか、その個人の来歴が分かったら中央権力から周縁化される人々の淋しさみたいなものが感じられたかもしれません。

それにしても歌舞伎はやっぱり日常を忘れて、非日常の世界に没頭できるので楽しいですね。

しかも、まったく別世界の話ではなく、実在する伝説や山が舞台になっています。1月演舞場の「日本むかし話」にも鬼がたくさん登場しますね。大江山の麓にある福知山市には、日本の鬼の交流博物館http://www.city.fukuchiyama.kyoto.jp/onihaku/index.html)があるそうなので、いつか行ってみたいです。人間と鬼の連続性や異人の創造に興味があります。

 



昼の部の仁左衛門さんの「二人椀久」も観たかったです。ロビーに貼ってあった舞台写真を拝見すると、松山太夫(孝太郎さん)と一緒に並んで扇子を見つめるところなど、哀愁と愛情を帯びていてとても素敵でした。あぁ見たかった。歌舞伎座3部も観たいのですが、千穐楽まで見に行けるかどうか分かりません。

そしていよいよビックリマーク1月はずっと楽しみにしていた、新橋演舞場の初春歌舞伎ビックリマーク昼の部も夜の部も見どころ満載ですね。これも早くブログに書きたいです。