2日前、絵葉書が一枚届きました。


差出人は、昨年お会いした連合会会長の奥様でした。


日付を見ると、地震の翌日には投かんされている様子。

文面を見ると、「メールなども通じないので、心配しています・・・」と書かれていました。


電話回線もなんとなく通じるようになっていたので、さっそくお礼の電話。

奥様とは直接話せませんでしたが、会長とお話しできました。


まずは、無事な旨を伝えたり、状況を伝えたり。。。

会長には「何かあったら遠慮せず言って下さい」と言われました。


その後、奥様から日本乾癬患者連合会で災害で応援のためのBBSを開設したとの連絡を頂きましたので、こちらにリンクを貼っておきます。

http://derma.med.osaka-u.ac.jp/pso/JPA/saigai/index.html


一度一緒に飲んだだけなのですが、こんなに心配してもらえるなんて思っていませんでした。

それと同時に、「こんな出会いができて良かったなぁ」 とも思えた日でした。



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地震

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まずは、私は無事です。


仕事中に地震に遭いました。

今までにない大きくて長い揺れでした。


揺れがおさまってから外へ避難。

非常階段の壁がはがれたりしているなか、外へ脱出。


外へ出たものの近くのビルの壁がはがれていたり、亀裂が入っていたり。

余震も多く、近くの電柱や電線がグラグラと揺れています。

コインパーキングの敷地へ移動してみたものの、周囲のビルの様子も気になるので、次は近くの公園へ移動。


しばらく落ち着くのを待ったものの、余震は続き、従業員みんなが家族などに連絡するものの電話が通じなかったり、メールを送れなかったり、遅れても返事が来なかったり。

私も相方が地震前に足を怪我して松葉杖状態なので、心配していました。

途中でメールが来て無事と確認できたので良かったです。


結局、各自の帰宅方向や手段を話合い、遠い人は最寄りの人が車で送っていく事にして全員家路へ。(家についたら上司へ連絡することにして)


泉区方面にへ一人送っていくことになったので、その人と一緒に徒歩で2時間ほどかけて自宅へ着きました。本当ならもう少し早く着くのですが、途中でお店を見つけて買い出しをしていたのでそれ位かかりました。


泉区方面へ送って行く途中、徒歩もそうでしたが、大半の信号機は消えていました。


周囲の電気も消えているため、行く途中は大丈夫でしたが、家に戻る時には目印になる看板や建物があまりよく見えず、一か所道を間違えました。途中で気づいたのでUターンして何とか戻れましたけど。


信号が消えていると、道も間違えそうになるし、交差点ではどの車が先に行くのかなど、判断に迷うことが多くありました。でも、でも混乱することなく、みんなゆずり合いの傾向だったので助かった気がします。


まだまだ復旧の目途は立ちませんが、なんとかやってます。


みなさんも、頑張りましょうね!



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