好きだった。
あの日、君を見かけたときから僕は君の虜になってしまった。
虜?
そんな言葉が陳腐に感じていたのに、まさかそんな言葉にここまで見事に獲り込まれるとは自分自身、思ってもいなかった。
いつでも君の事を考えていた。だから君が同じクラスの男子と話している姿を見るだけで胸が苦しくなった。
自分ではない他人の男と楽しそうに話す君。
いや、君というのは君に失礼だ。君にはキチンと【美佐】という愛らしく美しい名前があるじゃないか。だからこれから僕は遠慮なく【美佐】と、下の名前で呼ばせて貰うよ。
美佐、美佐は今度新しくバイトを始めたじゃないか。そう、あの商店街を突き抜けた路地にあるパン屋『ルナピエーナ』。あそこのパン屋はいいよ。昔から大好きなんだ僕。
でもね、やっぱり美佐は同じバイトの男子と話したりするんだね。ハッキリ言って面白くないよ。子供っぽいって言われるのは覚悟の上で言うけど、嫉妬で狂いそうになるんだ。
美佐が、その男子に手を触れる度に僕は狂いそうになるんだよ。冗談で突き飛ばす仕草だというのも分かる。でもね、こんなコトは理屈じゃないんだ。君を僕だけの物にしたい。
そんな事が妄想だって云う事も僕はキチンと理解してるし、美佐のやりたいようにさせてあげられる包容力も持っているつもりだ。
だけど……
キスはいけないよ。あんな安っぽい男とさ。
美佐が無表情に宙を見詰め突っ伏す姿を僕は清らかに見下ろしている。息はしてない。
誰かが、僕らを指差して叫んでいるけど、関係ないよね。僕らの問題だから。愛してるよ。話した事はないけど愛してるよ。
『届かない想い』