連載小説 『ROCK‘S』 3 | 日々幸進(ひびこうしん)

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演劇、音楽、TVドラマ、映画、バラエティ、漫画、アニメ、特撮、他を色々自分の視点で面白しろ可笑しくね♪

血の気が引くくらい手が真っ白になっていく。自然に眉間に皺がよる。

 やがて………

 朋和の番が巡ってきた。

 小鳩の笑顔。

 満面の笑顔。

 眩暈がした。

 現実感のない自分。

 小さな小鉢に盛られた粉に手を伸ばした。

 粉ではなく縁に当たった指の痛み。

 ようやく粉を一つまみした朋和は奥の火が灯っている場所にふりかけた。

 朋和は焼香した後、帰るに帰れない気持ちを持て余したまま入口を外れた場所に突っ立て居た。

 すると、道の奥からバンドメンバーがまとめて3人やってきた。

 リーダーでギターの桶川。

 ドラムの澤口。

 キーボードの笹溝。

 3人は示し合わせたように喪服だった。

 自分だけが私服だ。

 電話をもらった時点で、頭が朦朧として着替えるという観念が消失していた。

 それほど朋和にとって小鳩の存在は大きかったのだ。

「おう、先に来てたのか?」桶川がトーンをおとしつつも抜けた声で聞いてくる。

 朋和は無言で首を縦に振る。

「えらいことになったなぁ…」澤口はネクタイもろくに締められないのか、斜めに傾いたネクタイを苦しそうに少し緩めた。

「何処で事故ったん?」小鳩と同い年の二十一歳の笹溝は、桃色の頬を更に桃色に染めている。

「円河(まるかわ)町の手前らしい」

 朋和は後ろで噂話のように話していた情報のパズルを組み合わせ話す。

「ああ、あそこか!」

「小鳩の帰り道だもんねぇ!」

 虚しい。

 言葉の空回りだ。

「ほなちょっと行って来るわ」

「後でな」

 3人は、とりあえず朋和を残して葬儀場の中へと入っていった。

 残された朋和は、ぼんやりと小鳩を思い出していた。

 夜風が冷たくなりだした十一月であった。

「朋和…くんだっけ?」

「ん?」

 ライブ後のホール。

 ローディも雇わないアマチュア・レベルのバンドマンは自分達で機材の後片付けをする。

 そんな閑散としたホール内で白いレースの服を着た少女は、汗まみれの朋和に話しかけてきたのである。

「だ……誰だっけ?」

 持ち上げたはずのアンプチューナーを床に置いて彼女をマジマジと眺めた。

 見覚えはない。

「私よ。小鳩」

 言われてハッとなる。

 そうだ。

 思い出した。

 彼女だ!

 朋和は2日前に彼女のライブ…正確には彼女の歌を聞いていた。

 南ホイール。

 大阪の難波近辺に点在するライブハウス十五店舗とFMラジオがタッグを組み巻き起こすライブイベントだ。参加バンド数二百四十以上。そのイベントが3日間続く。それで一日券を持っていると、どのライブハウスに行って、どのバンドを観てもいい。それが小さいホールであろうとデカいホールであろうとだ。ショーケース的なお試しライブ…と、いってもいい。これで気に入ったのなら改めてワンマンを観に行くという図式が出来上がるからだ。だからインディーズや売れていないバンドから、ある程度名前の売れているバンド達はこぞってこのイベントに参加する。

 こんなに大人数に触れられる、実力を見せられる宣伝など他にないからである。

 ……で、

 朋和はそのイベントに観に行っていた(本当は参加したかったが依頼はなかった)。

 朋和はお目当てのバンドを観に行ってたのだが、そのハコは既に収容人数以上の人間が席巻し入場が無理だったのだ。

 仕方なく移動しようとしたのだが、動くに動けない状況が生じた。

 ただでさえ小さな雑居ビルの6階にある小さなライブハウス。階段から入場するという方法は簡単に糞詰まりの状態になる。出るに出れない立ち往生の時間が1時間ほどあった。

 その時である。

 その日には発表されていなかったバンドの飛び入り参加のライブがライブ会場のドアを開け放たれたまま行われた。

 ぎゅうぎゅうの寿司詰め状態のまま流れてきたその声は嘘みたいに澄んでいた。

 しかし……

 この中で一体何人が、その事実に気が付いただろうか?

 皆、かすれるような声の中に響く凛とした部分。熱気溢れる狭い階段内で朋和は天使の声のように感じた。

 やがて動き始めた人並み。

 後方に向かって動き出した流れを朋和は逆行した。もっとこの声に触れたい。

 その願望、欲望が朋和を突き動かす。

 やがて朋和はその入口に辿り着いた。

 何と、奇跡的に入口の受付の人間が居ない。

 多分、人手が少なく、便所にでも行ってるのかも知れない。朋和はそのまま中に入った。

 狭いハコだった。

 満タンに入っても五十人も入れないような小さなハコ。

 そのライブハウスに今、客は四十少し切るぐらいか。朋和は舞台へと視線を移していた。

 白いレースのひらひらしたカーディガンをはおった少女は目を閉じて歌っている。

 ゾクゾクした。

 が、

 違和感が…朋和を包んでいる。

 何?

 その違和感を他の客も感じているらしくノリが少しづつ熱が薄れていくのが分かった。

 何故だ?

 不思議な感覚。

 気が付けば客が一人、一人と出口に向かっていく。

 ライブは盛り上がっているはずなのに、上滑りな感覚がどんどんと大きくなってきている。苦しいような感覚。

 急斜面を転がり落ちる雪玉がどんどん大きく転がって大きくなるような………

 おかしい。

 不協和音。

 そうだ。

 声にオケがのっていないのだ。

 声の力が大きすぎてバンドがついていっていなのが丸分かりなのだ。

 そのバランスの悪さが不快となって人の心にあり得ないシコリを残すのだ。

 気が付けば、客がまばらになって十人にも満たない数にまで激減した。

 おまけに、そのバンドがその日の最終組だったので客は早々に引き上げる格好となっていた。いつでも誰でもが出入り自由というルールが災いした最悪の結果であった。

 だが、

 朋和は拍手を送った。

 一人だけで。

 まばらな拍手も朋和に続く。

 だが、本物の拍手は朋和だけだった。

 それから1ヵ月後、朋和はバンドを辞めた。

 音楽性の違いから仲間であるはずのギターを殴ったのだ。

「テンポ取りずれぇんだよ!てめぇは!」

「なんやとォ?お前のギターソロだって間延びし過ぎて自己満すぎて気色わりィんだよゥッ!!!」

 反対にボコボコにされた朋和は、血だらけのままスタジオの廊下に出た。

 そこで小鳩に出会った。

 小鳩は不思議そうに朋和を見た後、ハンカチを差し出した。

 朋和は鬱陶しそうに手を振り払って外に出た。小鳩はその時、バンド仲間に朋和の名前を聞いていたらしい。

「ああ…あの時の……」

 朋和はその後、バンドを1回替わった。

 今のバンドは不本意だが、、とりあえずベースを弾ける場所が欲しかった。ドラムがリーダーで自分が欲しい音とは違うが合わせられないこともない。自分を抑え、次の場所が見付かるまでの止まり木にしようと思ってのバンドだった。

 そのライブに、あの小鳩が見にきていたのである。