中編小説 『心 ベイビー・スーの憂鬱な休日』 DIVE2 | 日々幸進(ひびこうしん)

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頭の中で原色のフラッシュバックが巻き起こり更に強い吐き気をもよおす。
 その時だった。
 ベイビー・スーの後ろの一点を見詰めていたハズのジェシーの眼球が〔ぐるり〕と回転しベイビー・スーを直視したのだ。
 蛇に睨まれたカエル。
 血走った眼球は逆さから睨みつけていた。
 その勢いに圧されベイビー・スーは無意識に『空ペンシル』のイレイズ釦を押してしまう。
 するとどうだろう………

 ずみゅうううんんんっ

 信じられない事だった。
 その部屋が突如歪み始めたのだ。
 そして次々と、部屋の中の物が消えてゆく。
 物体の輪郭がボヤけ光りの線となり、それが光りの点となり消えてゆく。
 ソファが、本棚が、時計が、テレビが、花瓶が、机が、椅子が、電灯が、煎れたての紅い液体が、全てが……………光りの点となり消滅していくのだ。
「ひ!」
 サリーが驚き後ろの壁にもたれかかる。
 ベイビー・スーは眉間に皺を寄せカラミティ・ジェシーを仰ぎ見た。
 ジェシーは恐怖に顔を歪め、ベイビー・スーを睨みつけた。
 見たくはない。
 見たくはなかった。
 見たくはなかったが見てしまった。
それは…
 今にも襲いかかってきそうな表情。
 見た事も経験した事もない憎悪の表情。
 この世全ての呪いを一気に凝縮させたかのようなおぞましい表情。
 ジェシーの身体が小刻みにゆれ始め、やがてオコリにかかったかのような振動を強めた。
 ベイビー・スーは恐怖に思わず後ろに一歩、後ずさりをすると何かに躓き膝をついた。
 その間にも様々な目の前の物体が消えてゆく。やがてサリーのもたれかかった壁が消失した時には屋敷そのものがなくなっていた。
 あるのは………………
 見渡す限りの草原。
 ベイビー・スーが乗ってきたアメ車。
 そして、
 ベイビー・スー、サリー、カラミティ・ジェシーの三人だけであった。

 いや、
 それだけではない。
 そう。
 それだけではなかった。
 ベイビー・スーが『何か』に躓いた物、
 その『何か』を知った時、
 全ての謎が氷解した。

 それは、しゃれこうべであった。

「…トゥイニー…ね………」
 自分でも驚くほどアッサリと恐ろしい言葉が口から滑り出た。
 合点のいかないサリーがベイビー・スーの足元を見て驚きに声も出ない。
 そして
「そうよトゥイニーよ」
 ジェシーが易々と驚愕の事実を口にする。
 やっぱり!
 不快なパズルのピースがピッタリと当て嵌まってゆく。
 しかし………
 そう思った瞬間、
 手にあった空ペンシルをサリーが素早くひったくった。
 奇妙な沈黙。
「え?」
 意味が解らない。
 三人三様の奇妙な膠着状態。
 誰の呼吸音なのか判別のつかない膠着状態。
 と、
 呪縛を振り払いベイビー・スーは声を出す。
「どうしたのサリー、それを返して」
 でもサリーは、
 ゆっくりと首を横に振る。
 何故?
 どうして?
 だが、
 次の瞬間、
 その理由の糸口が見付かった。
 何とその時のジェシーの顔をベイビー・スーは一生忘れる事が出来ないであろう。
 言葉には出来ない程、強烈な印象を残す、

 恐怖

 そしてその姿がまばゆい光りに包まれたのである。サリーは空ペンシルのイレイズ解除釦を二度押ししたのだ。
 ジェシーを包み始めていた光りが途中で止まり、よく見ると右手と左手が左右対称に透けて肘辺りまでが消失している。

 まさか!?

 ベイビー・スーは全てを理解した。

「サリー……全部あなただったのね……?」

「そうよ」
 サリーは躊躇せずに非を認めた。
 ぐにゃり!
 空間が歪み、悪しき精霊が禍禍しいダンスを踊り始めた。
「今回、ジェシーを作ったのも、屋敷も、全てを作り、この旅を計画したのも私。そして…………トゥイニーを殺したのも私。でもそれは十二年前の話しだけどね」
「う……嘘?」
「嘘なんかじゃないわベイビー・スー。それから初めて告白するけど私はあなたが死ぬほど大ッ嫌いなの」
「え?」

 ぱきん!

 昔から姉妹のように付き合ってきた親戚。
 何でも語り合い、相談し合い、力を出し合い生きてきた。勉強や恋、そして変わりえぬ友情に二人して頬を濡らす夜もあった。
……ハズであった。
 しかし、
 今目の前に居る彼女は、明らかに異質なモノを漂わせていた。
 記憶のサリーが笑いながら花畑をこちらに向かって駆けてくる。
 狂気。
 サリーは今まで一度も見た事もないようなフレた目でベイビー・スーを射た。
「あなたトゥイニーが好きだったでしょう?知ってるわ。あなたの目がそういってたから。私なんかを見る目と全然違う目!」
 ちぎるように吐露された言葉は痛々しく、そして生々しい。事実、そうだった。ベイビー・スーは親戚のサリーよりもトゥイニーとの関係を大切に思っていた。言わば、その人間が持ちえる本質を無意識に感じ取り陰よりも陽を取っていたからかもしれない。話し易さよりも魂に触れる回数がトゥイニーの方が確実に多かったのだ。だから他の誰にも気付かれない様ベイビー・スーの中で自然とランク付けしていたものが、サリーには察知できるモノであったのだ。しかし………
「え?」
 まさか!?
 そんな事で?
「そう、だから殺したの。あなたが大好きなトゥイニーを殺したの。ふふっ♪素敵なパフォーマンスだったわよ。トゥイニーのラストダンスはァ♪」
 狂っている!
「まずトゥイニーの飼っていた猫のチェスの毛皮を剥いでプレゼントしてあげたの。ちゃんと分かり易いようにリビングの机の上に広げてネ。彼女の家に忍び込むのは困難だったけど、彼女の喜ぶ顔が見たかったからちっとも苦じゃなかったわ。だって愛するペットが永遠に御主人様と共に居られるよう毛皮だけになるなんてロマンチックでしょう?」
 その代りに毛皮を剥がれたチェスは剥き出しの筋肉組織を空気に触れさせたまま無造作に食器棚に突っ込まれていた。
「その後、トゥイニーは買い物の忘れ物をしたらしく外に出たわけ」
 違う。
 恐怖の為、外敵が侵入した家から即座に離れて警察に向かっていただけだ。
「すっごく焦っていたみたいでキョロキョロ、キョロキョロして、すっごく落ち着きがないの。おかしかったわ」
 止めて、聞きたくない。
「後ろから声をかけると飛びあがってビックリしちゃって♪こっちが逆にビックリしちゃったくらい、ふふっ」
 くすくすと屈託なく笑うサリーの笑顔は汚れなき少女のソレだ。しかし時間はその顔に皺という魔法を用いた老いの爪痕を確実に深く遺している。
「刺したの」
 不意に話題が変わったかのように、声のトーンを落とし衝撃の事実をサラリと言ってのけた。まるで親鳥が雛鳥に餌をあげたの、と言わんばかりの柔らかさだ。
「胸を刺したらそのまま倒れたんで、4~5回程胸辺りを刺してから、バラバラに分解してサザール河に捨てたの。ホラ、サザール河ってヒラニアって肉食の魚が居るじゃない。撒いた瞬間ヒラニアが一斉にたかってきて凄いのヨう、ほんと♪」
 吐き気が込み上げる。
「それは、いつの話しなの?」
「いつ?」
 ぎょろり!と見開いた眼球がベイビー・スーを射る。
「そんな話しをしてるんじゃないわよっ!」
 ヒステリックで甲高い声が緑の草原の葉をかいだ。勢いあまってトゥイニーのしゃれこうべを蹴り上げる。しゃれこうべは緩い弧を描きベイビー・スーが乗ってきたアメ車のタイヤに間抜けにあたった。
「私が言いたいのは、あなたが私を裏切ったってコトよ!!」
「何を言ってるの?」
 怖い。何を言っているの?
「五月蝿い!!黙れ黙れ黙れ黙れ!黙れェっっっ!!!」
 拒絶。
 限りない拒否の反応。


(続く)