ベイビー・スーは夜の高速を飛ばしていた。
車は古いアメ車で父親から譲り受けた物だ。
何度もアスファルト面を滑る振動ではない振動を伴うポンコツ車。
目的地はアレン・タウン。
途中、親戚のサリーをひらって友達のカラミティ・ジェシーの家に行くのだ。
久し振りにとれた休み。
呑気に過ごそうとした週末。
だが、憂鬱な瞬間だった。
何と、
あのカラミティ・ジェシーから電話があったのだ。
「トゥイニーが死んだわ」
トゥイニーはスー達三人の仲の良い友達だった。
過去形だ。
そう、
青春の共犯者だったのだ。
スーは電話を切った後、すぐにサリーに電話を入れ週末の約束を取り付けた。
本来なら休みではなかったが無理矢理仕事を積め込み、何とか休めるようにしたのだ。
それにしてもジェシーとは大分疎遠になっていた。
最後に会ってから十年は経っている。
そして久し振りの電話がトゥイニーの死。
まさに名前通りのカラミティ〔疫病神〕的なニュースだった。
そして、
この話しを聞いてスーは胸騒ぎがしていた。
そう。
ヒライテハイケナイハコヲアケタカノヨウナソンナムナサワギダ。
ベイビー・スーは胸に湧いた黒雲を拭い去ろうとカスカスのアクセルを力一杯に踏み込んだ。
「いらっしゃい」
ジェシーは見た事もないよそ行きのドレスに着飾って玄関まで二人を出迎えた。
真っ赤なひらひらは歳がいもないと言っても差し障りのない派手なものだ。そればかりではない。ジェシーの顔はそれこそペンキをぶちまけたような原色のファンデーションであり、粗悪なアメコミ誌の悪役魔女といったいでたちだ。
正直ベイビー・スーとサリーは驚いたがその言葉を呑み込み平静を装った。
しばらく故郷を離れ都会で暮らしていたのだが、ここだけ時間軸がねじれている。
三人はそれぞれ上辺だけの近況を報告し合いリビングルームへと向かった。ベイビー・スーは何度かこの家に遊びに来た事があるが、まったく変わりがない事に不思議な違和感を覚えていた。変わらないではなく、変われない?いや、あの昔の時間がスライドして今そこにあるかのような違和感。
リビングルームに座ってもその気持が萎える事はなかった。今でもハッキリと覚えている。ジェシーの親は少し……イカれていた。
父親はテンガロハットに桃色の作業ズボンを履いたまま、水玉模様の蝶ネクタイ。母親は上から下まで黄色一色で統一されたいでたちだ。つまりメガネ、カッター、ショール、スカート、指輪、ストッキング、靴下、靴と全てが黄色だ。オマケにこの親子三人の会話は全く噛み合ってはいなかった。『マム、今日スーと遊びに出ていいでしょう?』『ジェシー、明日のおかしはレーズンの入ったクッキーよ』『ああ、俺はホーガンに言ってやったさ。そんなに欲しけりゃ働く事を悪だと思いなってな♪そうしたら卒倒して泣き叫んでいたよアイツは、情けない奴さ』
今思い出しても吐き気がする。それ以降、ジェシーの家を訪れる事は二度となかったが、こんな形で訪れるとは思ってもみなかった。
正直、この家に来たくはなかったというのが本音だが、二十六年の歳月はそれを容認してしまうほど自分は寛容になっていた。
それにトゥイニーの家には行ったことがないというのも事実であったのだ。考えてみればベイビー・スーは親戚であるサリーとだけウマがあって今でも付き合いがあるが、他の二人とは全く疎遠になっていたのは何故か?言うまでもなく自分達とは違うモノを感じていたからに他ならない。
だからジェシーがトゥイニーの為に久し振りに語り合いましょう。そしてその後、みんなでお墓に行ったらトゥイニー喜ぶわ。という言葉を心ならずも受け入れたのは、その言葉に何故か抗いきれないパヒュームを感じたからかも知れない。
皮貼りのソファに腰掛けるとジェシーは二人にお茶を持ってきて自分も座った。暖かな紅い液体は意外に美味しかったが何なのかとは聞く気になれなかった。
普通なら昔話に花が咲くといったものであるハズがお茶をすするだけで会話に発展しなかった。気を遣ったサリーがトゥイニーと川へ行った話しをしたが空回りでかえって場の空気を悪くした。ジェシーはベイビー・スーの前に座っているが一向に視線を合わそうとはしない。そればかりかベイビー・スーの後方の一点だけを集中して見ている。
時間だけが過ぎる。
ベイビー・スーは場の雰囲気に耐えきれずにイキナリ本題に突入した。
「トゥイニーはどうして死んだの?」
ジェシーの視線がようやく動きベイビー・スーの顔に照準を合わせかけた。
「殺されたわ」
こぼれた言葉には感情がなかった。
ベイビー・スーとサリーは口を抑えてショックを隠せない。
「聞きたい?」
意味深にカラミティ・ジェシーが二人に質問を投げかける。
視線が逸れる。
聞きたくはない。
聞きたくはないのだが、
『何故?』
と、問わずにはいられない磁力が視線には含まれていた。
そして聞く。
「何故なの?」
数瞬の間を置きジェシーが歌う様に言った。
「私が殺したの」
ベイビー・スーもサリーも『どうして?』よりも『やっぱり』の感情が湧き不思議と高揚感はなかった。
「冗談よ」
その時、
今日はじめてジェシーと視線があった。
笑っていない目。
乾いた目。
濁った目。
そして、
凍てついた目。
不愉快ではなく凍結を感じる。
そして紅い液体を一口ついばみジェシーは話し始める。
「事故だったわ」
「事故?」
「そう、事故。即死だったわ」
事実だけを淡々と話す喋り方は無機質で冷たく機械的だった。
「カーザス行きの長距離トラックが買い物帰りの歩いていたトゥイニーに突っ込んだのよ。そのまま壁に激突するまで三人を巻き込んだの。ぐちゃぐちゃ。他に三人死んだのだけど誰の肉かわからない。まるで合い挽きミンチよ。おかげで合同葬儀になっちゃったの。だって仕方ないでしょ。本当に誰が誰だか解らないんだもの」
吐き気がした。
それまで無色だったジェシーの表情に初めて赤みがかかったような気がした。
あまりのあからさまな表現に話題を変えざるをえない。
「ジェシーはトゥイニーと最近はよく会っていたの?私達は高校を卒業してすぐにドロイクワエに行ったから解らないけれど」
サリーが慎重に言葉を選び問うた。
「ふふっ、私もあなた達と一緒。同じようなものよ。しばらく逢ってなかったわ」
軽いジャブ。
思ってもみない返答に驚き言った。
「じゃあ何で連絡してきてくれたの?」
入れたての紅い液体を一口ついばみ
「どうしてかしら?」
と笑い「冗談よ」と又云った。
「彼女、淋しがり屋だったから、あなた達が来たら嬉しいだろうと思って」
嘘だ。
彼女、トゥイニーは確かに淋しがり屋だったが、ジェシーが彼女の為に自分の暇を割くというのはあり得ない。
ベイビー・スーもサリーも急に帰りたい気持ちになった。いや、そうではない。
この空間から逃げ出したくなったのだ!
この歪(いびつ)にゆがんだ七色のコールタールが敷き詰められた空間から………
そしてその時、ベイビー・スーの目に一つの物が目に入った。
『空ペンシル』
頭の隅でソレに触れてはいけないイケナイと信号(シグナル)が脳内に送られていたのは知っている。知ってはいたのだが、ソレに手を伸ばさずにはいられない。
手に取った。
(続く)