おはようございます。



1116の夜明け。


午後の富士山。

なんだか空模様が
ザワザワしてます。



さて
昨日の話の続きです。




11月15日、

この日に石割山に行くことになったのは
ほんの偶然の重なりだったのです。



今日って
七五三だよねえ….
ふと、思う。

子供も、孫もいないわたしには
取り立ててイベントはありません。

だけど、なぜ
11月15日が
七五三なんだっけ?


七五三の意味を調べてみたら、
なんと
注連縄って
“七五三縄”とも、書くのね〜〜!

そうなんだ…

そうして
七五三の意味を調べてたら、

なんと!

石割神社が出て来ちゃいました!






ええええ?

なんと!

注連縄(しめなわ、七五三縄)の起源は
天岩戸なんだそうです。


天照大神が天岩戸にお隠れになった時
神々が知恵を絞って岩戸を開き
天照大神を外に、連れ出したとき
二度と岩戸にお隠れに、ならないよう
注連縄を張ったのだと!

そうなの〜〜???

ってことは

この日
七五三の日に
天岩戸に行くことは
とても意味あることだったのかもしれません。



さらに
さらに、

こんな記事にも行き当たり…



『この「男の魂」「女の魂」は、神社にお参りして授りますが、実はそれを授けて下さる神様は、その神社のご祭神ではありません。私達に命の大元を授けて下さった貴い神様がお授け下さいます。

ですから普段は、その神社にはいらっしゃいません。

十一月十五日と十二月の冬至の日の年二回だけ、それを授けて下さるために高天原からそれぞれの神社に降りてこられるのです。

冬至は十二月の二十日前後になりますので、十一月十五日に出来なかったときは、冬至の日になさるとよいでしょう。』


こちらもまた、


えええええ〜〜???


実は

今年の冬至の日

沖縄で、あるイベントがあり、


諏訪に、一緒に行ったROSEちゃんが

一緒に神津島に行くことになってたのに

なんと、『沖縄に、移住します!』と

晴天の霹靂!!!


では、

冬至のイベントに行って来たら?と

そのサイトを送ったのに

なんと、その日(11月14日)に

その主催者のトークショーが杉並区であり、

彼女はそのことだと思って、チケットを手に入れて、行って来たのだと!


この話は、また機会があれば、

いたしますね。


とりあえず、

11月15日の、お話。


この後は


石割山からほど近い、

『笑月』さんでランチ。


この日は七五三と大安が重なるめでたき日。


だからなのか?


この日

ここでは

新蕎麦が解禁となってた。


わあい!

わたしも

初❣️

新蕎麦を頂いた!




美しき
お料理の数々

美味しゅうございました!


こちらの女将は最近
茶道にハマってるとのこと。



火鉢に置き炭

鉄瓶、

これはすべて
陰陽五行からなるそうで

炭は木であり
火を起こし
それが灰(土)となる。

それに鉄瓶(金)に水を入れ
沸かして
茶を入れる。

すなわち
木火土金水

すべて揃うそうで、

それが茶の道である、と。


深い!


こちらの窓からは
富士山が遥拝出来る。

それが、ここの意味。

あれ?





富士山に限りなく
太陽が近づいて


ねえねえ、
ダイアモンド富士って
何時頃?


ここのところ
11月には珍しく
ずっと曇りが続いていて
ダイアモンド富士がなかなか拝めないなあ、
と思ったけど、

今日はベストなタイミング???


慌てて
お会計を済ませて

湖畔へ急ぎます。


間に合った!!!





七五三の日の

ダイアモンド富士❣️


この日は
何から何まで…

大安、

七五三、

天岩戸、

ダイアモンド富士!


愛でたし!!!


おありがとうございます😊









わたしたちは、どれだけ
この、惑星の地母神のささやきに
耳を傾けているのだろうか?

露出した、地球…

それが、山や谷であり、
隆起した海底火山でもある。

山中湖にある“石割山”は
まさに、そんなところ。

わたしにとっても
ご縁のある、
不思議な場所。

山から突き抜けたような
巨石あり。

ここは、天然の磐座(イワクラ)なのだ。

最後にここを訪れてから
何年経っているのだろう。


だけど、ひょんなことで

1115
この日
石割山に登ることになった。


きっかけは
117の日、
つまり、11月7日に富士山麓をご案内した
ミウさんが、
ご自分の住んでいらっしゃる相模の
アルカ谷のお水を
桂川の最初の一滴とされる
石割神社の御神木の桂の巨木に
おつなぎしたくなったらしいので、

その、最初の一滴が
やがて、桂川となり
相模川の流れとなり
馬入り川と名を変えて
相模湾に注ぐこと

わたしのブログを、見るまではご存知なかったミウさんは
突然、
アルカのお水を石割山の、石割神社の
桂の御神木におつなぎしたい!
強くそう思ったみたいなので

わたしは勝手に、
『わたしも行きます〜〜!』と
申し出た。

この日は素晴らしく
雲ひとつない、ピーカンの富士山。



こちらの二点はミウさんからお借りしました。

ここからは私が、撮った画像とミウさんの画像を
コラボしてお送りしますね。



石割山の、石割神社へ行くには
403段の階段を登らなくてはならず、




これは心構えをしていたといえ、

なんとか頑張って
登ります。


まだまだ、
紅葉が楽しめた。

途中で出会った
未確認生物???



これは
ザトウムシくん。

目がないのね。
だから、ザトウムシという名がついた。

千と千尋の
『釜じい』のモデルです。



この時期の楽しみは
すっかり葉を落とした
落葉樹越しの
富士山!


途中に
注連縄が貼られた
石が所々に。


ここにて
石割山の本体の秘密を明かします。





石英閃緑岩(トーナル岩)

それがここの
秘密。


『せきえいせんりょくがん【石英閃緑岩】

深成岩の一。完晶質で粗粒。石英・斜長石・角閃石・黒雲母などから成る。カリ長石が多くなると花崗かこう閃緑岩に移行する。 』




つまり
ここは
キラキラした結晶石のおやま。

これから訪れる巨石は
まさに
露出したガイア。

それを知らずに

やれ
アマノタジカラヲ
とか
イワナガヒメ
とか
言っていると
惑わされる。



最初に出会うのは、
桂の御神木。



もう古くて読めなくなってしまったけど、
初めてここに来た16年前は
ここに書いてある説明に驚いたものだ。

『この御神木の下から湧き出る水が
川となる。
その川を、ゆえに“桂川”という。』


そうして
さらに少し登ると…




どおん!
と…

オヒサシブリデゴザイマス。


この日
初めて気がついたのは、

ここの狛犬さんは
阿吽とも
玉を咥えてたのね。



(狛犬の目が赤い、は
なんの意味だっけ?)




巨石の間から染み出す
桂川の最初の一滴を感じて…







(こちらは
この岩の間をすり抜ける
ミウさんの動画です。)


石英閃緑岩は
地下深くで固まったマグマ。

クリスタル
黒雲母
たくさんの結晶板が散りばめられたこの
巨石の間に身を置くことは
この日

どんな意味があるのでしょうか?


続きます。



最近は、アメブロで
『振り返り投稿』というのが自動的に出てきて
『2年前にあなたが投稿した記事があります』

つい、見てしまったら
2年前、この日は満月で
しかも68年ぶりの特別な満月。

こんな客人があったのですね。




わあお!



2年前の今日は、
こんなこと、してたんだね!

皆さま、お元気でいらっしゃるかしら?



さてさて、
打って変わって

今年の1114は
なんつーことのない普通の日。

満月でも無いし
それに、なんと、
久しぶりのお休みだ!!!


だけどやる事は山ほどあって、
さてさて
何からしようかな
と、思ってたら
またまた、悪友から
『ランチしよ〜!』
と。

うーん、
いいよ。

忍野村の魚屋さんの食堂のランチに
久しぶりに行く。

画像は撮らなかった。

問題は、その後だ。

久しぶりに休みだという悪友と
久しぶりに休みのわたし。
気が合うじゃん?


どこかへ行こうということになり、

わたしがいくつか提案したのに
全て、却下された。

まあいいや、

行きたいことろへは
ひとりで行けばいいや。

最近は、この悪友に頼らなくても
わたしはひとりでどこへでも行けるんだ。

悪友の車に、愛犬と共に乗り込むと
好きなところへ行ってよ、と言う。


すると、
どこへ行こうかなあ
車を、どんどん走らせる悪友。

coffee買いたいからコンビニに寄ってよ!

いいよ〜、
あ、ガソリン入れなきゃ。

そう言いながら
コンビニも
ガソリンスタンドも
何も無いところ、
富士山の林道を、どんどん上がって行く。

なんなのよ〜〜!


忍野村の魚屋でランチする、ということで
そんな服装と靴(またしても、つっかけだ!)で、
自分の車に、ウェアやトレッキングシューズを置きっぱなしだよ〜。


富士山の林道なのだけど
もちろん標高高く上がって行く。

一合目、

二合目…


ねえねえ
葉っぱが全て落ちてるよ!

それに、なんだか霧の中だし…

悪友は無言で車を走らせる。

すると、
スマホにメールが入っていることに気がつく。

あの、諏訪の旅でご一緒した
八ヶ岳のやっくんからだ。

八ヶ岳のやっくんて、誰?
という方は
こちらを見てね!




『こんにちは!!

突然ですが、今日は時間があるのでこれから河口湖もみじ回廊を観に行ってみようかと思います♪
ちょうど見頃だといいのですが。。

もし、紅葉🍁のオススメスポットなどあったら教えていただけたら嬉しいです♪

よろしくお願いします〜(^_^*)』


ありゃりゃ〜!
ご一緒したかったわ〜。

だけど、もう無理。残念!

河口湖のもみじ回廊が今見頃だというメールを返して、

さらに、紅葉などとっくに終わってしまった
富士山の林道を登って行く。


ん???

この道って
あの道だ…

やっくんも初めて参加してくれた
あの!
0515のミナシロの宴の場所。



あれから一度も訪れていない。

そう言えば、
あの、トラの龍神様はどうなっているのだろう?

確かめて見たくなった。


で、
悪友を、あの、水場に誘導することにした。

林道の傍らに車を、止めて
ふたりと二匹で歩き始める。



うわっ!
季節が違うと
こうまで雰囲気が変わるのか?



そうして
台風24号と25号の爪痕が
これほど大きかったこと!

噂には聞いていたんだけど、



崩落した大きな岩…
苔が生えている面が下にあると言うことは、
数千年ぶりに、

ひっくり返った!


そうして
あのとき
石笛とディジュリドゥとクリスタルチューナーを奉納した水場は…

(5月15日の水場)

(11月14日の水場)



なにもかも、
流されてる???


土砂崩れで
すっかり姿を変えていた!




台風で倒れたシラビソ!

今年は
これだけではなく
なんと、10以上の台風が
日本列島を襲った。

土砂崩れ、
川の氾濫…

ほんとうに天変地異のありさまだった。


様々な思いが去来すると、

なんと、
空が明るくなって来た。







ちょうど、半年前の
あの日を思い出します。



半年ぶりに、
八ヶ岳のやっくんが
富士山麓に来てくれて、

こんな画像を、送ってくれました。


河口湖の紅葉。

ご案内は出来なかったけど
楽しんで頂けたようです。
良かった!


11月14日

これはどんな意味があるんだろう?



なんだか不思議な日でした。

さてさて

三嶋大社の祭神の謎のお話を
ずっと追ってました。


弥生時代の話らしいけど
海から来た、事代主(コトシロヌシ)をトーテムとする“カモ族”と
陸から南下した、大山祇命(オオヤマツミ)をトーテムとする“アタ族”とが
鉄の生産地を巡り、激しい戦いののちに
カモ族が勝利を収めた話…

現在、豆州一の宮の『三嶋大社』のある場所は、
古代に『アラハバキ神』が祀られていたのだけど、
カモ族の侵攻により
天孫系とされてしまった。
(三嶋大社は菊の御紋なのです。)


(そもそも、アラハバキ神は、出雲族が祀ったカミであるかも知れないのに、コトシロヌシという出雲族の大国主の子である神に、隠されてしまったのは何故だ?)


いつか
解くのだ、と意気込んでみたものの、

わたしの妄想は、そのあたりで止まってる…。


そんな中、

来週は
所属してるNPOの
ジオパーク研修に伊豆に行くことになっています。

宿泊場所は、あの
伊豆の、大室山のすぐそばということで
否が応でも、期待が高まります。

このジオパーク研修は、すべてお任せなので
1117と1118は
どういうことになるのか
皆目、わからなかったのに
先ほど、
スケジュールがメールにて送られて来ました。


それを見て…

ビックリ!!!

恵比寿島???

そんな島があること
わたしは知らなかった!

コトシロヌシ=恵比寿神
じゃないの!!!


画像をみて、驚いた!

なんなんじゃ?
ここは???

まるで
アリゾナの『ウェーブ』のようだ、と
紹介されている…

そこは
いつか行きたいと思ってた場所。


(画像はお借りしました)

規模こそはアリゾナとは違うけど、

伊豆のこんな場所に
なんとなんと
似た場所があるのだと…


ゲッ!!!

あの、神子元島が見渡せる、と???

今年の6月2日に書いた記事です。

うわうわ!

このとき、
神津島に行く、と書いてる!!!
(自分で書いておいて、忘れてる。)

神津島も、そのジオパーク研修の一週間あとに
行くのです!(◎_◎;)

神津島は、コトシロヌシの正妻である
アワノミコトが御坐す島なのです。


大月へ行き
三つの三嶋神社の謎を解き明かした気になってるわたし。

平安時代の富士山の噴火を鎮めるために
勧請された伊予の大三島のミシマは
オオヤマツミでなければならなかった。

ほら、
そうでしょう?
と、
わたしはしたり顔だった。


なのに
なのに


行くのね、
行くのね。


1117に
恵比寿島


1123に
神津島…


これはまさに
コトシロヌシからの
招待状?

あるいは
挑戦状?

受けて立ちますぜ!


待っていておくんなませ。



(恵比寿島の夷子(えびす)遺跡の話は
こちらに出ています。)

『この島の頂上付近にある夷子遺跡で古墳~奈良期の土器が出土し、また、古代の儀式の跡と見られるたき火跡(祭祀遺跡)も確認されました。古代の人々は島の頂でかがり火を焚き、海の安全や豊漁などを祈ったのかもしれません。
もちろん今でも漁業も盛んで、地のものをふんだんに使った郷土料理「いけんだ煮」がおススメです。

伊豆半島の南部海岸では、海に突き出した岬などに、夷子遺跡のような祭祀遺跡が多く見られ、海と人々の暮らしとの深いつながりを感じさせます。』








今朝、
窓の外を見たら…

久しぶりに出てきた?
富士山が
なんだか
すごおい❣️



さて
昨日の
1111のお話の続きです。



“おふくろうどん”で
たくさんディープなお話もしたんですが、

みきさん、
ご結婚は?と尋ねたら
『独身なんです』と。

(そう言えば
この日、1111は
お隣の中国では
『独身の日』なんでしたね。)

付き合っていた人はいたんだけど、なぜかいつも
寸前で結婚までいたらなかったんだと。


それから
富士吉田にお連れしました。



こちらでは、
紅葉まつりが行われていて、
西湖周辺より標高が低いので
まだまだ、紅葉はキレイ。



ここは
富士吉田市の茅葺き屋根住宅が
何棟か。移築されていて、
イロハモミジとのコントラストが見事!



わあ!
グラデーションがすごい!
みきさん
いたく感動されて
動画を撮られていた。













でしょ?でしょ?

わたしは自分が褒められているように
なんだか嬉しくなる。



ここの紅葉まつり会場は
お隣の河口湖町に比べると質素だけど、
今年はこんなかぶりものが用意されてて
地元のお子さんたちが妖精のようになってた❣️






人生を、春夏秋冬に例えるなら
わたしのブログを読んでくださって
富士山を訪れるのは
まさに秋の
有終の美を飾るような年齢の方々が多いような気がしてきた。

青春時代をたおやかにのびのびと過ごして
夏の日差しに精一杯働いて
そして、今
もう本来の輝きを取り戻していいんだよ、
神さまに言われる
そんな年齢…。


みきさんは語り始めます。

以前、ある女性と出会ったそう。

その方は色々見える方だそうで
今回のみきさんの人生は
『結婚して子供を育てるような
そういうカリキュラムが無い』
と言われたそうなのです。

だけど、このまま歳をとって行くのも寂しいので、一緒にいる人くらいは出来たら良いのに、
と、仰るので、

じゃあ、
書き換えたら良いじゃないですか?
と、提案。

そのカリキュラムも自分で作ったのなら
上書きするのも可能なんじゃ無いかしら?
だって、
未来は自分で作れるものなのだから。

えええ?
そう言えばそうですよねぇ?

万華鏡のような紅葉に抱かれて
みきさん、だんだん元気になって来た!



117にも行った
鐘山の滝に
今日もみきさんをご案内します。

以前、ヒプノセラピーのモニターをされた時の話から
わたしの前世の話に。
わたしの前世話は以前ブログで書いたことがあるけど、(ジャゼワさんというエンティティにチャネリングを通して伝えられたこと)
ほんとうに多彩なの。
だけど、それも
その時のわたしのエネルギーが選んでるんだよね。
今もしわたしの前世を感知するひとがいたら、
それはレムリアや縄文時代や富士王朝時代が見えるに違いない。

つまりは
そういうこと。


過去
現在
未来は
この川の流れのように
上流
中流
下流となってるんじゃなくて
今ここに
全てが存在しているんです。
だからすべては
今、選択できる…


つまり?
と、みきさんは目を白黒…

時間って、無いんですか?

うーん
エネルギーとしての時間は
あるのだと思いますよ。



そんな話をしながら
この日もまた、
桂川の滝の上にある
熊野神社にお参りします。
ここは、那智の滝から神さまを勧請しています。


『熊野夫須美大神』
熊野から帰って来てから
この神さまのことを散々調べたけど
かなりな謎の神、

(おっとこれはわたしの宿題。)


お別れの時間がやって来ました。



駐車場に戻ると…

なんと!


二匹の亀さんが
キャベツを食べてた⁉️

また亀ですか…

このお話の最初にも
千本松原で拾った亀の甲羅を
西湖の龍宮に奉納した話が出てきてました。





そう、
これは
1月20日に風邪をひいてしまい
こちらに来れなかったみきさんの
リベンジの旅であったのでした。

ヒプノセラピーのモニターをやった時、

なんだか真っ暗で
足が無かったんです、と仰ってたみきさん。
こんなのって初めて、と
ヒプノセラピーの友人に言われたそうで、

わたしってなんなのでしょう?
って仰ってたけど、

もしかしたら
もしかしたら

頭と手足を引っ込めてた
亀、だったんじゃないかしら?

みきさん、

わたしも亀ですよ。
なぜなら、龍宮にご案内する役目なんだもの。


だから最後に
亀が二匹???


みきさん、
今度は桜の時期に
富士山にいらっしゃるそうです。

またお待ちしておりますね!
実は今回のご案内は
わたし自身の時間を巡る旅にもなったようで
色々お話をしながら
わたし自身を確認することが出来ました、

ほんとうにありがとうございました!





自宅に戻って
わんこ散歩。

富士山の真上に
三日月が登ってた🌙





11月11日
朝、
なぜだかわからないけど
車を走らせながら、

またまた
“龍に導かれてるのだわ”
と感じた。




ゾロ目のこの日は
東京からのお客さま、あり。


またまた、プライベートツアーをお申込みされた
みきさん。

実はこのかたは
わたしのブログを見てくださって
青木ヶ原樹海へ行きたい、と思い立ち
今年の1月20日
お友だち2名をお誘いして
わたしの、ツアーを申し込んでくださっていたのです。

ところが
まさかのまさか、
ご本人が風邪を引いてしまい
ご友人2名様だけで
ツアーを行ったのでした。

その時の記事です。





今回は、ご本人
みきさんのリベンジとなりました。

完全なるプライベートツアーは
おひとりをご案内します。

樹海
樹海、

樹海にどうしても来たいと思われてた
ご本人の夢が
1111に叶う!

わたしも心して
ご案内させて頂きます。


まずは
西湖(セノウミ)にある
龍宮洞穴にご案内。


思い焦がれていた
青木ヶ原樹海の
濃密な空気を満喫する
みきさん。

このあと
他の皆さまにはお連れしてない
スペシャルな場所へ、



溶岩なんですね❣️

触る!!!



わたしも久しぶりに
ここから覗く樹海。


このあとは

なんと間に合った〜〜
紅葉の樹海にお連れする。







少々終わりかけなのだけど、
みきさんには
サイコーな樹海の堪能になったようで、




わたしの画像はなんてことないのだけど、

みきさんから
『キレイな写真が撮れました〜〜!』
送って頂いたのが
この、二枚。




なんだろうな…

撮る人のエネルギーによって
写真って、違うんだな。

ひかり、
キレイですね。



お昼ご飯のリクエストは
0120にお友だちをご案内した
『おふくろうどん』


この日は、こんな感じです。


百目柿が柿暖簾(かきのれん)に…

良いなあ、
この時期ならではの風景。



柿暖簾の向こうは
足和田山が…。




天麩羅うどんと
なめこほうとう、

絶品です❣️

たくさんのおしゃべりの時間。

これが
次にお連れする場所の決めてとなります。

みきさんは、東京生まれの東京育ち。

あらら、わたしとおんなじだ!

だけれども、周りに同じ興味の人はほとんどいらっしゃらなくて、
ほとんど一人で動かれていたようだ。

付き動かされているように
たくさんの神社巡りは
ひとりで、高速バスに乗って。

『忍野八海にも来たんですよ。』
なんだあ、それなら連絡してくださればご案内したのに〜。

そうなんだけど、いつも思いつきで動くもので、
だけど、樹海だけはひとりでは行けないなあ、と。

なるほど。

0117にご案内させて頂いた
ミウさんもそうでした。


神社仏閣巡りなら
わたしは必要無いので、
たぶんご自分たちで行けるはず。

わたしがお連れしたいのは
その方が今必要なエネルギーを
感じることができる場所。

幾万年も噴火を繰り返した
巨大な火山、富士山のエネルギーは
溶岩洞窟や
作りたもうた樹海や
川がせき止められた湖の此処彼処に…

あるいは富士山を取り巻く
1200万年前にプレートテクトニクスで隆起した、
御坂山塊や足和田山の
マッスを築き上げ続ける母なる地球のエネルギー。

それらが奏でる
季節によって変わる
目眩く万華鏡のような彩り…などなど。




先ほど気がついたコト。


みきさんを
最初にご案内する予定だった
1月20日

そして今日
11月11日

なんと、どちらも
三日月の日だったのね。


(画像はお借りしました)

不思議だわ…


毎日登る月のように
自然は二つとして同じ様子は無いのだけど


刻々と変化する
その変化のエネルギーをも
感じ取って頂けたらいいなあ。


もしかしたら
この日は三日月が
みきさんを導いているのかも知れませんね。

しかも
この日は
11月11日は
レムリア数秘術では
レムリアの新年に当たる日なのだとか。

明けましておめでとう🌅


それでは、
次はどこにお連れしましょうか?


(続きはこちら!)



五連チャンで
セノウミへ行きます。

(西暦864年、富士山の大噴火により
北西にあった大きな湖、セノウミは
溶岩流に飲み込まれ
みっつの湖(西湖、精進湖、本栖湖)になりました。
セノウミは
背の海
瀬の海、
石花海
などと表記されます。)


7、8、9、10日
そして明日も行くことになるからね。



9日、
ものすごい土砂降りの中
8名の方たちをご案内したのは
やはり
龍宮洞穴でありました。




この時
半端ない大雨で、
(動画の音を聞いてね!)

『ここは雨乞いの神さまなんです。
だけど、龍神さまは、雨を降らすことができるけど、雨を止ますことも出来るんですよ』
そういうと、
夜はキャンプ場でバーベキューだという皆さま
熱心に祈っておられた。

3時間のツアーが終了すると
なんとまあ!
西の空が明るくなった。

夕方に、雨が上がり
8名の方たちは
龍神さまに感謝したことでしょう。

メデタシ❣️


ところで
なぜ?
石花海と書いて
“セノウミ”と読むんだろう。

四年前にも、こんな記事を書いてました。



その一
とか書いて
相変わらず書きっぱなしで申し訳ありません、




さて、
今日(10日)は
びっくりするほどの良い天気。

今日もまた、セノウミ(西湖)を向かうけど


昨日の土砂降りで
かなり葉が落葉してしまい、

今日の通勤路は
最後の紅葉の輝きかも。





富士山も、
雪を頭に乗せて
輝くその姿。


セノウミでの仕事が終わり

河口湖の図書館に
本を返しに行くついでに
またまた、本をしこたま借りてきた。

その中には
加茂喜三センセイの御本が
二冊あり。

なんども借りてるんだけど

またまた、ハマってます!


『古代日本の王都が富士山麓にあった』

いま、また読んでます。

セノウミの話、

宇宙湖の話、

わたしの原点がここにあります。



『富士王朝 高天原』の話は
ほんとなのか?ウソなのか?

という次元を超えて
ファンタジーとして捉えると
面白くて仕方がありません。


わたしの感覚では、
それは、パラレルワールドの中に
リアリティを持って
存在しています。

だからわたしは
こんなにも
動かされているような。








ずっと
縄文
じょーもん
ジョーモン
が来てます!

1111は
山梨県でも
縄文祭りが行われるようです。


うわっ!
わたしは客人あり、
1111は行けなくて残念〜〜!
行きたかったなあ…

そんなこんなで
縄文のこともまだまだ探求出来て無いのに、


古墳時代の天皇のお話が
いきなり
飛び込んで来ました。


4年以上も前、
わたしは何故だか、
“扶桑”という言葉が気になって
こんな記事を書いたのね。



なぜ
このとき、“扶桑”が気になったのか
なぜ、こんな記事を書いたのか

今となっては思い出せなくて

しかも、(いつものことながら)
そのあと、この話は
尻切れとんぼで終わってました。


ところが
突然、昨日
その過去ブログに
コメントを下さった方がいた。

中国に住んでいる中国人のかた?

こんなコメントです。


『ドラゴン さん

日十大王は応神のことである

日本文化の好きな中国在住の中国人です。
日十大王が応神天皇、即ち倭王武のことです。
倭王武の弟は継体で、つまり男弟王のことである。
倭王武の息子である若武(ワカタケル・欽明)は継体の息子=安閑、宣化を殺して、大王になってから、蘇我王朝を開いたわけですので、記紀を編纂させた継体系の有力者が倭王武を悪人扱いにする必要がある。武烈はちょうどう倭王武とその息子の欽明を合わせた架空の人物です。』




日十大王は、応神のことである』




え、
応神って
誰だっけ???

古墳時代に疎いわたしは
目を白黒…

八幡神社の祭神だっけ?

アノ
前方後円墳の???

そう言えば、
最近、その前方後円墳が調査されるって
話題なってなかったっけ?


それが
わたしは少し勘違いをしてて
それは
応神天皇ではなくて

仁徳天皇陵だったようです。



初の外部調査が行われるって、
ただでさえ、すごいコトです。

なぜ?
いま?
この、時期に???

そんなことを思ってたら
ドラゴンさんから
再度、コメントが…。




山越 清 さん

Re:Re:日十大王は応神のことであ…

そうです。中国の王と申します。私のことを山越(山越)と呼んでもいいです。東亜細亜の歴史と文化が好きでたまたま日本のウィブで資料を探してごブログさまの文章を拝見いたしました。日本の歴史と文化は中国や朝鮮半島の除けば、語れないことだと思います。簡単にいうと、日十大王は百済近蓋鹵王(日本書紀でいう加須利君)の弟である昆支太子のことです。日十は昆支の下の比と又を取った読み方でもあります。古代の中国は後輩の王が自分の親或は血縁のある貴族の名前を直接に呼ぶことを避けるために名前を変えた風習もありますので、日本も例外ではなかったと思います。鏡は昆支王の息子(或は甥)である百済の武寧王(島君)が自分の叔父である継体(男弟王)に送ったものです。記紀は当初天武時代に漢字を母国語にした渡来漢人末裔の手によって編纂されたもので、天武死後、漢語を母国語ではない日本人によって改竄されたとされています。だって改竄とされた部分は従来の中国の文法に合わなかったからだということに気がつきました。なぜ、改竄されたかというと、天皇家族と大和政権の開拓者が百済から移住したことを隠蔽したかったのです。天皇の苗字が本当になかったのですか?それも違います。天皇の苗字が扶余です。なぜ世間に知られてはいけないのですか?扶余は百済王及びその王子の苗字ですから>とよたまひめさん

IP:183.136.157.190

十の太陽を司る『扶桑大王』についたコメント




わあお〜〜、
かなりディープな内容だ!


申し訳無いけど
わたしは漢字の人名には弱くって、
なぜなら、読み方がいくつもあるから。
カタカナの名前は、かなり舌を噛みそうな名前であっても、
読みは日本的にひとつしかないので
なんとか覚えられるのだわ。


だけど
“昆支”という皇子が『日十大王』であると。

昆支=
日十
比又
冠とアシ?で表現される???

この話はかなり興味深い。

昆支は百済の大王の弟?


中国や朝鮮半島と
今の天皇家は深い関係にあるのだという話は
納得する要素もありありで…


来年、平成が終わり、
天皇が変わる
そんなタイミングで
色々なことが
あぶり出しのように浮き出てくるのかも、
と思うと
けっこうワクワクするのですね。

(この鏡が、
最大の謎とされているらしいのです。)


(大意)癸未(きび、みずのとひつじ)の年八月 日十大王の年、男弟王が意柴沙加(おしさか)の宮におられる時、斯麻が長寿を念じて開中費直(かわちのあたい)、穢人(漢人)今州利の二人らを遣わして白上同(真新しい上質の銅)二百旱をもってこの鏡を作る。』


なるほど、
『応神』や
『仁徳』は
後の世になってからの諡なので
今の歴史観では結びつかなかったわけだ!

ところで
世界最大の『仁徳天皇陵』の
発掘調査の内容も楽しみなんだけど、
(古代中国や半島との繋がりが出て来ちゃうのかな?
あるいは、イスラエルやシュメールなんかとも?)

戦後、マッカーサー率いるGHQは、
仁徳天皇陵と言われていた『大山古墳』や
伊勢神宮の発掘をしたそうだと伝えられているようで。
その時に
なにかを発見してしまった、らしいのですね。

そこから、
天皇を処罰するのではなく
天皇制を、残すことに功力したらしいのです。

伊勢神宮の八咫の鏡は
黒曜石であり
そこにヘブライ語が書かれているのだと、
ある方が霊視されていたなあ。



ところで、
『前方後円墳』の画像は
なぜ?
こういう向きなのだろう?




いつも
こんな画像です。





前方
後円
なのだから


こうでしょ!


やはり
大甕なんではないか?
と思うのは
わたしだけ?





改めて思うのは、

やはり
弥生時代から古墳時代
それ以降の日本史は
苦手だわあ…


大陸から漢字が伝わってから

日本はおかしくなったような…

あ、
ドラゴンさん

わたしは中国は好きだし、
かなりハマったこともあるし、

中国にいた前世もあったようです。

だけど、今は
縄文が好き❣️

というよりも
これからは
縄文のエネルギーが大切だとおもうのね。


縄文時代は
人々が平等だった。

弥生時代になって
持つものと持たざるものが分かれていった。


そうして
古墳時代は
大王という権力の時代となって行く。

三種の神器、とか
それを持つことがステイタス、
権力の象徴となって行く。

そこから、大きく変わっていくのが
日本史でもあり
世界史も同じなのかな。



だけど、
ドラゴンさん、

このタイミングで
そんなことをもう一度思い出させて下さって

ありがとうございます😊

このお話は
わたしもさらなる追求をさせて頂きますね!











117
わたしがかってに“イザナミの日”と呼んでいる日の続きのお話です。



西湖の某所の
とっておきの場所に
ミウさんをお連れしたあと、


西湖民宿村の中を移動すると、

あまりの美しさに
ミウさんが感嘆の声をあげたので

車を停めて
写真撮影タイム。



それからランチにお連れしたのは、


信玄餅で有名な
桔梗屋のご飯屋さん。

ここはどなたをお連れしても
そこそこ、喜んでもらえるみたい。


1時間ほどおしゃべりしてから

次に行くべき場所が決まりました。

東京の恵比寿(コトシロヌシ(^。^))で御生れになったミウさんは
中学のときに、相模國に家族で引っ越してきて

それから今日まで
相模國の住人となり
サガミの方と結婚して
サガミに住んでいらっしゃる。

しかも、
相模川にほど近い
あの!

アルカ谷のある、
勝坂縄文遺跡にほど近い場所に住んでいるそうで。

(一昨年訪れたわたしの記事です。)


なんと、この日はミウさん
アルカ谷の湧水を汲んできてださったのだと!



もう一度、おさらい。

『相模川』とは、
山中湖の石割神社の御神木の
桂の下から湧き出る一滴から源を発して

だから、桂川。

それが、山中湖から
忍野盆地を潤して
富士吉田を流れ
都留市
大月市を、流れ
猿橋の下から
やがては
相模湖から
『相模川』となって
やがて
馬入川と名を変えて
相模湾に注ぐ…。



そうなんだわ、

アルカ谷にご縁ある方なら、

富士山の湧水を集める
『桂川』にご案内しなくては、
そう思いつき

桂川の
『鐘山の滝』にご案内することにしました。



滔々と流るる
鐘山の滝、
一万年前の富士山の噴火による、
猿橋溶岩流。



この日の
鐘山の滝は、

精一杯のお洒落をして
アルカ谷からの客人(まろうど)を
待っていた…

わたしには
そう思えてならないのです。



さらに、
滝の上流へお連れして、



鐘山の滝の上に
ミウさんは、



アルカのお水を注ぎます。


そういえば
“アルカ”とは
古代の
“水”の意味だった!

アルカ=水

アイヌ語でも
水は、ワッカ。



ここには、熊野神社がありまして、

クマノは
カムイノでもある。





那智の滝と
紫龍神を、まつる、とある。

まさにここは
カムイノ
“神の野”








そこから
さらに
桂川を遡ります。





水はどこまでも清く、

尊い。


流れ
流れるクリスタルそのもの。




この日は
ミウさんのプライベートツアーは
ここで終了しました。




富士山のプライベートツアーを
受け付けています。


お一人さま
9990縁

9時から16時くらいまで、
最寄りの駅から(河口湖駅など)の送迎付き。

その方の、エネルギーにあった
コースをご案内します。


今なら(春くらいまで?)

諏訪の車山の
手彫りの黒曜石のお土産付きです。



お問い合わせ.
お申込みは

morimamori⭐︎ezweb.ne.jpまで❣️
(⭐︎を@に、変えてくださいね!)


(人数によって
ガイド料は変わりますので
お問い合わせください。)


わたしも一緒に
一日、楽しませていただきます(^。^)









11月8日、
本日の午前1時03分…
新月を迎えました。



そんな
陰暦の神無月の始まりの日、


目眩く変化する自然の彩どりの
紅葉に
高揚する❣️

1108は、
母と、紅葉狩りに行きました。


樹海とかには連れていけないし、
紅葉まつりの人混みも避けたかったので、

毎年恒例の、
河口湖の湖畔のホテルへ。





燃えるような高揚
いや
紅葉。



ダンコウバイの黄色と
オオモミジの紅色のコントラスト!



ドウダンツツジは華のよう。



最近母は
ガラ系からラクラクスマホに変えて
この日初めて自分で写真を撮り
LINEで送ることを覚える。

これは母の撮った一枚。

母の撮る写真はなんだか優しい。

(おそらく生まれて初めて
人物以外を撮った)

色がキレイね〜、
と、自画自賛。


逆光で撮るのもキレイだよ、
と、わたし。







今年はふたつの大きな台風が
この地方を襲ったので
名物のしだれ桜の葉はすべて散ってしまってたのです、

だけど、
こちらのカエデの仲間たちは健在だし、


赤や黄色などの美しい色を観ることは
アンチエイジング効果があるそうで、

母もわたしも若返る???






柿の落ち葉の渋さも、
わたしは好き。


コースターにしたい。






自然の紅葉と

人が手をかけた庭園の紅葉と

昨日と今日、
どちらも堪能して
逝く季節を惜しんだ。


母を送り
自宅に戻ると、



標高の高い忍野村では
もうほとんど紅葉は終わりかけだけど、
浅間さんの前の馬頭観音のカエデは
まだ鮮やかな彩を残してた。





今日の
杓子山。

手前のススキ原もすっかり晩秋の装い。



一日として
同じ風景はない。


今日の月と
明日の月は
形が変わるが如し…



今日の錦も
明日には色褪せて、


だからこそ
『イマココ』
なんだか、

愛おしく思えるのかもしれません。