「愛」と「競争」に関する追記 | 水野敬也オフィシャルブログ「ウケる日記」Powered by Ameba
2013-11-10 00:09:22

「愛」と「競争」に関する追記

テーマ:ブログ
前回の記事で、大きな仕事をするには「愛」と「勝負脳」が大切と書きましたが、

この点に関して付け加えておきたいことがあります。


たとえば「勝ち」にこだわる人は、相手に確実に勝つ方法を探し求める過程で



○○○○



について考えることがあります。




それは、



イカサマ



です。

イカサマというと聞こえは悪いのですが、イカサマについてまったく考えたことが無い人は

ある意味で勝負に甘いと言えるかもしれません。勝負に勝つことを考えた場合、

「確実に勝つことのできるシナリオを描く」

のは必然なことだからです。


そこで「勝負脳」を発達させた人は様々な「イカサマ的」なことを考えます。


ある人は、賄賂を渡そうとするかもしれません。また、ある人はインサイダー取引のようなことをするかもしれません。


でも、これらの方法を考えることはあっても、実際に行動するとなるとそれは別問題です。


というのも、これらのイカサマを使うと、バレたときのリスクが極めて高いからです。


そして、もしバレてしまうと、勝負に「負け」てしまうことになります。


だからこそ、「勝負」に勝つことを徹底する人は、総合的な視点において、勝つか負けるかを考えます。


その意味で、戦国時代、最も戦が上手いと言われていた織田信長ですが、


残念ながら、彼の「勝負脳」は足りなかったと思います。


なぜなら、本当に天下を手中に収めたいのであれば、


明智光秀を「きんかん頭」などとバカにしたりはしなかったでしょう。


つまり、「勝つ」ことを徹底的につきつめると、人を軽んじるという行為ができなくなり


その点に関しては、秀吉の方が「勝負脳」を発達させていたと思います。


本能寺で信長が襲われたと聞いて、秀吉は毛利に和睦を申し入れて真っ先に信長の元へ向かいました。


この行動に関して、松下幸之助は

「このときの秀吉には私利私欲は無かったのではないか、彼は自分の主君に忠義を尽くすために向かったのだ」

と解釈していますが、

たぶん、秀吉の心は「混ざっていた」と思います。

秀吉に、天下を取るという計算が無かったかと言えば、それはあったと思います。

ただ、天下を取るという計算だけで、毛利と和睦をして信長の元に向かったのかというと

それは違うと思うのです。

そこにはきっと信長に対する愛が存在したはずです。

なぜなら、それが、最も勝つために効率が良いことだからです。


正直は最大の戦略である


という有名な言葉がありますが、


この言葉は、戦略を徹底的に練っていった結果、戦略とは逆である「正直」に辿り着くという意味ですが

「勝つ」ということは、最終的に多くの人の上にたち、多くの人から信頼され、幸せにすることなので


「勝ち」にこだわる人間は、他者を愛することを避けられないのです。


本質的な愛が無ければ、勝負に勝つことが――勝ち続けることが――できません。




ではそれとは逆に「愛」を大事にしている人たちはどうでしょうか?


彼らの多くは人と競争することを良しとしていません。


場合によっては競争を好む人を「間違っている」「可哀そうな人たちだ」と解釈することもあります。


ボランティアやNPOの人達の活動に加わったりしてみると、そういう人たちに出会うことがあります。


過去にそういう人と接したとき、「競争を敵対視する考え方は間違っているのではないか」となんとなく感じていたのですが、


それがはっきりと分かったのは、


クリスマスにディズニーランドに行ったときでした。


クリスマスにディズニーランドに行ったことが無い人はぜひ行ってみてください。





満員電車みたいに込んでて、パレードも何も見えません。




でも、それは同時に感動的な光景でした。


というのも、クリスマスというのは本来キリストの生誕祭・降臨祭であり、


家の近くの教会に行けば無料で何らかの催し物をしていると思います。


でも、ディズニーランドという場所は、一人から6000円以上を(グッズなどの販売を含めたら1万円以上になるでしょう)のお金を受け取り、かつ、その人たちを満員電車のような場所に向かわせているのです。



これは、ディズニーランドにとてつもない魅力があるということを表しています。


そして、この状況に対して、つまり、ディズニーランドに負けていることに対して、教会の人達は悔しがらねばなりません。


なぜなら、より多くの人に「愛」の概念を伝えたいのであれば、まずは人をattract(惹きつける)ことから始めなければならないからです。


そうでなければより多くの他者を幸せにすることができないからです。


「愛」を唱えながらも、その影響力が他者に及んでいないのならば、その人は「愛を唱えたいエゴイスト」でしかありません。


つまり、


「勝利こそがすべてだ、人を愛するなんてバカバカしい」と思ってる人は、本当の意味での「勝負」から逃げており、


「愛こそがすべてだ、人と競争するなんて悲しいことだ」と思っている人は、本当の意味での「愛」から逃げていると思います。




水野敬也さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

コメント

[コメントする]

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース