桜と幽霊 -レンタル屋の天使3-

後章 幽霊探し


第4話 茶論セピア(1)


 私たちより確かな足取りでさっさと歩き出した佐々山さんの後ろを、必死についていく。歩くっていうより、走るに近いスピードだ。本当に八十過ぎてるんだろうか? 私たちの方が年寄りに感じちゃう。とほほ。
 スーパーの駐車場を抜けて幹線通りに出た佐々山さんは、駅とは反対方向、大学のある山王の方に向かって歩き始めた。通りに面した店は、私たちが最初に探検した時に結構チェックしてる。まだばたばたしてるから、実際に入ってみた店は限られてるけど。

「佐々山さん。聞き込みって、どこでやるんですか?」
「すぐそこよ」

 すぐそこ? めーちゃんと顔を見合わせていたら、三分も歩かないうちに一軒の煤ぼけた家の前で足をとめた。

「ここって……」

 一般の家みたいだけど、表札が出ていない。佐々山さんは呼び鈴を押すでもなく、ドアをノックするでもなく、古びた木製のドアを勢いよく引き開けた。

「こんにちは!」
「いらっしゃあい……」

 ぱりっとした佐々山さんの声とは対照的な、眠そうでにょろんとした男の人の声が。

「ああ、はっちゃんか。久しぶりだね」
「おひさです」

 灯りはついてるけど、薄暗い。目が慣れなくて、中の様子がすぐにはわからなかった。喫茶店……なのかなあ。でも、カウンターみたいのがない。しゃれっけのない木の丸テーブルが五つ。その四つに椅子が四脚。椅子が置かれてない手前のテーブルには、ポットとティーカップ、紅茶と緑茶のティーパックが乗ってる。一番奥のテーブルの真ん中には、大きめの白い招き猫が鎮座している。
 で、眠そうな顔のおじさんが、招き猫の横であくびを何度もぶちかましながら雑誌を読んでいた。年は店長や岡田さんより上っぽい。五十は越してそう。着ているのはよれっよれの黒いスウェット上下。足はサンダル。それも煮しまった茶色の年季ものだ。四角い顔で目がぎょろっと大きいけど、それを半分以上閉じてる感じ。無精髭だらけで、どうにもむさ苦しい。めーちゃんが一番警戒しそうな、こってこてのおじさんに見える。
 そして、ヘアスタイルがぶっ飛んでいた。髪が硬くて長いらしく、下ろすと制御できないから上行けよおまえ……ってな感じで真っ赤なバンダナで真上におっ立ててる。なんか、どこかで見たことのある形だ。

「パイナップルみたい」

 背後でこそっとめーちゃんの声がした。そうそう! それそれ! って、普通なら笑うところだけど、今は警戒心の方が上を行っていた。
 何かを探すようにきょろきょろ店内を見渡していた佐々山さんは、がっかりしたように男の人に話しかけた。

「ツインは今日はいないのかあ」
「そのうち来るだろ。日課だからな。まあ、座ったら?」
「そうね」
「そっちは?」

 おじさんが私たちを見比べる。

「もうすぐ大学に通い始める学生さんよ。うちのすぐ側に越してきたの」
「ありゃりゃ。さてはアパート探しに出遅れたか」

 う……。一発で見抜かれた。正直に答えるしかないな。

「はいー。全滅で」
「ああ、だからシェアってことだね」
「はい」

 佐々山さんと違って、おじさんは特にリアクションしない。乾いてるっていうより、枯れてる感じがする。

「山王だろ?」
「はい」
「あすこは、町全体が学生向けにリニューアルされてる。おしゃれだが家賃は全体に高めなんだよ。増岡(ましおか)とか向山(むこやま)とか、ちょっと離れればリーズナブルな家賃のアパートがいっぱいあるんだが、そこから先に埋まっちまうからなあ」
「まあまあ、座って話をしましょ」

 佐々山さんは、おじさんが陣取っているテーブルの招き猫の頭に硬貨をぽとんと落とし入れた。な、なんだあ?

「ああ、説明してなかったな。ここは茶論(さろん)セピアって言ってね。喫茶店じゃないんだ」
「へ? 違う……んですか」

 初めて喫茶店に入るーって期待感がもくもく沸き始めていたらしいめーちゃんの声がぺしゃっと潰れる。

「俺はマスターって言われるけど、この店のオーナーってだけで何もしない。口以外は動かさない」

 なんじゃそりゃ……。

「俺がやってるのは場所の提供さ。五百円は場所貸し料だな。食い物はない。飲み物はそこにティーパックがあるから自由に淹れて飲んでいい。お湯の入ったポットは、そこな。飲む食べる系の持ち込みはご自由に。ゴミだけは持ち帰って。あとは特に制限なし。好きなだけしゃべり倒していってくれ」

 唖然。そういう商売の仕方で成り立つんだろうか。佐々山さんがにやにやしてる。

「おもしろいでしょ?」
「おもしろいですけど、お客さん、来るんですか?」
「来るぜ。いっぱいではないけどな」

 もう一回大きなあくびをぶちかましたマスターが、半開きだった目をぽんと開いた。

「看板上げてないのは店が狭いからだよ。芋洗いじゃ場として機能しなくなるんだ。知ってるやつだけ来ればいい。ここはそういうところにしてる」
「そうか。サロンていうのはそういう意味なんですね」
「お茶の茶の字に議論の論だが、茶ぁしばくってのは言い訳だ。本筋は論の方。好きなだけくっちゃべってくれていい」

 すでにおじさんがいっぱいしゃべってるから、雰囲気がだんだんわかってきた。私もめーちゃんも五百円玉を招き猫のてっぺんからぽとんと落として、近くの椅子に座った。

「お? ほら、来なすった」

 マスターが扉を指差す。わいわい賑やかな女性の声がしたなと思う間もなく、ばたんとドアが開いて、おばあちゃんが二人なだれ込んできた。

「マスター、おはようさん……てあれ? はっちゃんじゃないの。久しぶりねえ」
「はあい」
「しかも、若いの二人連れてぇ。やるぅ」
「やるぅって、なによそれ」
「ぎゃははははっ!」

 の、のりが違う。いきなり全開だ。あわわわわ。そうか。この二人がさっき言ってたツインなのかな。双子にはとても見えないから、いつも二人で行動してるってことなんだろう。

「そうそう、あんたたちに聞きたいことがあるのよ」

 勢いに飲まれて雑談に走りそうになっていた空気をさっと引き戻した佐々山さんが、肝心な話を切り出した。

「なになに? おもしろそうなこと?」
「間違いなくおもしろいわ。三村さんが住んでた平屋、知ってる?」
「ああ、空きになってたとこね。陰気ねーさんが出てからは、入れ替わり立ち替わりでごちゃごちゃ出入りしてたみたいだけど」

 陰気ねーさんて。言いたい放題だなあ。でも、あの家に興味がなかった佐々山さんと違って、ちゃんと人の出入りはチェックしてるんだ。なるほど……。

「この子たちはそこに入ったの。シェアで」
「へえー」

 無遠慮な視線がぶっすぶす突き刺さる。きっと妄想が爆裂してるんだろなあ。とほほ……。




《 ぽ ち 》
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