第十六話 夢の血統



(6)

 病院の談話室に逃げ込んだ私は、テーブルに突っ伏してずっと泣いていた。母親失格よね。自分の娘なのに、私が一方的に振り回して、最後は死の淵にまで追い込んでしまった。どんなに謝っても謝り切れない。

 私がまだ幼い頃から母に言われ続けた苦言が、頭の中で鳴り響いてる。

『春! あんたは、もっと人のことを考えなさい』

 父に似て押し出しの強い兄たちに囲まれていた私は、ずっとみそっかすの扱いだった。唯一の女の子なんだから、もう少し優しく接して欲しいといつも思っていたけれど、現実はその正反対。結局自己主張の激しい兄に負けないようにと、口だけは達者ながさつ女に育ってしまった。外面だけでなく中身まで一貫して粗雑でルーズだったなら、私はどんなに気楽だっただろう。でも……私は人がとにかく苦手だったんだ。
 母が深く気にして警告を繰り返していたのは、私の外面と中身の大きなずれ。母が口酸っぱく言い続けた「人のことを考えろ」という苦言は、人の気持ちを汲み取れということじゃない。そんな高尚なものじゃない。もっと他人に関心を持ちなさい。他人と触れ合いなさい。心の交流を持ちなさい。そういう……ことだったんだ。

 言われてできるようなら、とっくにそうしてる。どれほど母に警告されようと。いや、むしろ警告が重ねられるたびに。私の心は自分の内側だけに向くようになってしまった。お母さん。私ね、人に関心がないんじゃない。関心を持ちたくないの。人が怖いの。
 私のがさつな姿勢は、弱い心の上をゴミでカムフラージュしているようなもの。ゴミの下にきれいなものがあるとは誰も考えないから、私の内面に深く踏み込もうとする人はいない。一番使いやすくて、一番失敗のない処世術だったんだ。だから、母にどれほど注意されようと態度を変えるつもりはなかった。

 でも……兄たちが独立して家を離れるたびに、兄の後ろにずっと隠れていたわたしのがさつさだけが目立つようになった。最後の砦だった父が逝って母との二人暮らしになった途端に、出来損ないの私だけがくっきりと浮き上がってしまう。ぐうたらで、がさつで、礼儀知らずの世間知らず。とても志乃さんの娘とは思えんね。そういうあからさまな侮蔑と好奇の視線が雨あられと降り注いで、もともと出不精だった私は本当に外に出られなくなった。今で言う引きこもりになってしまったんだ。
 母が小言だけで済ませてくれてたからなんとか暮らせたけど、引きこもりをずっと続けるのは無理。私はその時にはっきり覚るべきだったんだろう。もう覚悟を決めて『外』に出ろ、と。わかってたけど、一度がちがちに凝り固まってしまった内向きの心を変えるのは至難の業だった。そんな私に、幸運と不幸が同時に降ってきた。

「見合い?」
「そう。物好きな人がいるもんだねえ。あんたと見合いしようなんて」

 ずけずけと母に言われて、傷付かなかったと言えば嘘になる。でも三十目前まで仕事もしないで家に引きこもっていた私には、伴侶を探すチャンスなんか一つもなかった。カレシや夫がどうしても欲しいわけじゃなかったけど、自分を強制的に家から引っ張り出してくれる人がもしいるなら、それはありかなと思ったんだ。与えられた機会を活かさない限り、私はずっと殻から出られないだろう。母にもしなにかあれば、私は即座に詰んでしまう。その恐怖に駆り出されるようにして、私は気乗りしないまま見合いに臨んだ。

◇ ◇ ◇

 喫茶店とかならよかったんだけど、見合いの場所はしゃれたフレンチレストランだった。礼儀作法が全滅の私にとって、最悪のセッティング。お見合いおばさんの無神経さを心底恨んだ。相手の男性は容姿はともかく、ぼーっとした人であまり好みではなかったし。

「斉木春乃です」
「島田修二です。初めまして」

 頼むから、見合いの間だけでも猫を被っていてね。母に再三にわたって釘を刺されていたけど、私にそんな器用な真似ができるわけはない。見合いの間に何を話し、何をしたのかほとんど覚えてないけど、信じられない粗(あら)をぶちまけ続けたらしい。見合いを終えて家に帰った時に、普段穏やかな母が怒りを爆発させていたから相当だったんだと思う。でも積もりに積もったがさつ成分を、その場だけでも取り払ってくれっていうのはどだい無理な話。私は、最初から断られるのを覚悟していた。ところが。

「え?」
「あなたが良ければ、話を進めたいって。どういうこと?」

 先方からの電話を受けた母が、目を白黒させていた。そこから先はとんとん拍子だった。私の母と先方のお母さんがどちらもひどく話を急いでいた感じで、あっという間に縁談が進んでいく。意外と言えば、先方がうち……斉木への婿入りを望んでいることだった。それがなぜかを考える間もなく、私たちは結婚してしまったんだ。夫婦になるっていう実感が全くないまま。
 でも。私にとって、修ちゃんが夫になったのは人生最大の幸運だった。まじめで堅実だし、考え方は楽天的。口数が少なくて、のんびりぼーっとしてる。私から積極的にコミュニケーションを取りに行く必要がないってことが、すっごい気楽だったんだ。そして修ちゃんは、私のがさつを一切気にしなかった。からっと笑って、私や母に言った。

「僕は牛ですから」

 私は……生まれて初めて自分の奥深くまで入れても安心な人を手に入れたんだ。それが、私にとっての最高の幸運。でも。すぐその後に、人生最悪の不幸が襲ってきた。













A Dream Too Bright to Last by Michal Kmieciak



《 ぽ ち 》
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