《ショートショート 1175》
『生き残り二人』 (いのちをみつめて 30)
プレザンドの森。
森という名称はついているが、まばらに生えた樫の木の間
を柔らかな青草が埋めている美しい丘陵地だ。
ほんの数日前まで、その美しさと静けさはずっと保たれて
いて、森の近傍に住まう誰もがこれからも美しい森であり
続けると思い込んでいたはずだ。
しかし、昨日その森は戦場に変わった。
大勢の兵士たちが激しい戦闘を繰り広げ、森は血風で塞が
れた。
一夜明けて。森の中には青草の欠片すら見出すことが出来
なくなっていた。
それは、草が馬蹄や軍靴で踏みにじられたからではない。
無数の屍が林床を覆っていたからだ。
おびただしく流された血がそこかしこで細い流れを作り、
それでも麓には流れつかずに虚しく地に吸い込まれていた。
確かに森は静けさを取り戻したが、それは見渡す限りの死
の世界。
次に森が動きを取り戻すとすれば、遺体が腐敗して蝿を呼
び集めた時だろう。
折り重なっている無数の兵士の骸の一部がかすかに動き、
頭上の骸をわずかに動かした隙間から、ざんばら髪の男が
首を出した。
「ぶふう……げほっ! げほっ!」
生きてはいるものの、深手を負っているのだろう。
身体についた傷からだけでなく、口からも一筋の血を流し
ていた男は、気力を振り絞って上体を持ち上げた。
視界を確保した男が慎重に周囲を見渡したが、辺りは昨日
の騒擾が嘘のように静まり返っていた。
兵だけではなく、村人の姿も見えない。
敵兵による虐殺が民にまで及んだか。
それとも、恐れをなした民が村を捨てて逃げたか。
いずれにせよ、人の気配は全くなかった。
がっくりと項垂れていた男の耳に、甲冑の軋む音が聞こえ
た。
ほんの数間先の小さな窪地。
そこも兵の死骸で埋まっていたが、甲冑の隙間を縫うよう
にして血まみれの腕がにょっきり突き上がり、がしゃが
しゃと騒々しい音を立てながら精悍な顔つきの男が一人上
体をもたげた。
「ふう」
「ウォズ。生きていたのか」
二人目の男が立ち上がったのを見て、最初の男がすかさず
声をかけた。
「ラルフか。そのようだな。こんなくそったれの天国が
あったら、神を詐欺で訴えてやる」
後から出てきたウォズという男は、遺骸を無造作に踏み越
えながらまだ埋もれていたラルフに歩み寄ると、力任せに
引き抜いた。
「ぐ……」
激痛に顔を歪めたラルフを地に横たえたウォズは、ラルフ
以外に誰も生存者がいないことを確かめて顔を歪めた。
「ちっ。くそったれが。まあた死に損なっちまった」
「はは……おまえさんも運が悪いな。げほっ!」
「しんどいだろ。しゃべらんでいい」
「まあな」
ウォズは黙って蒼天を見上げていたが、独り言のように顛
末を語り始めた。
「一万の兵が、たった数百騎の騎兵に滅されるとはな」
「一万が……十万でも百万でも同じさ。屁っ放り腰の素人
は、訓練された精鋭には歯が立たん」
「まあな」
「死を目前にすれば、誰もが怖じる。怖じない者だけが、
死を克服出来るんだろ」
「ラルフ。おまえは?」
「俺は、死ぬのは怖くはなかったよ。だが、敗走する連中
の流れに逆らって、敵兵に当たることはできん。猛将なら
一騎当千なんだろうが、俺はただの雑兵だからな」
「……そうか」
「こうして生き残ったのは、奇跡みたいなもんだよ」
ラルフの儚い笑いを見て、ウォズが悲しそうに顔を伏せた。
確かにラルフは「まだ」生きている。
だが、彼の負った深い傷は残った生命の炎を間も無く吹き
消すだろう。
生き残った意味なぞ、どこにあるというのだ。
ラルフは、そんなウォズの表情を見咎めて文句を言った。
「なあ、ウォズ。俺は、どんな時でも自ら死を選ぼうと
思ったことはないよ。流行病で息子たちを失った時も、洪
水で女房を失った時も、そして今も」
「……」
「生きようとしなければ生きるチャンスがないなら、そう
するしかないだろ。だから、敵に立ち向かうことは怖くな
かった。それは生き残るためのあがきだからな」
「どういう意味だ?」
「背を向けたとたんに、俺が生き残るチャンスは全くなく
なる」
「ああ……そういうことか」
「死を賭して挑んだからこそ、今があるってことさ」
最後の力を振り絞って手を伸ばしたラルフが、ウォズの手
に己の手を重ねた。
「生きているから……こうやっておまえと話が出来た。俺
が今生きている意味はそれだけでいい」
微笑んだその表情のまま。
ラルフは静かに目を閉ざし、息を引き取った。
ラルフを川縁まで担ぎ出したウォズは、亡骸を川に流した。
「ラルフ。女房子供と静かに暮らせ。じゃあな」
それから。
川面に写った自分の顔に向かって力なく呟いた。
「俺がいつもくたばり損なうのは、悪魔に祟られてるんだ
と思ってたけどよ。単に死にたくねえだけなのかもな」
Sound Of Surviving by Nichole Nordeman
《 ぽ ち 》
ええやんかーと思われた方は、どうぞひとぽちお願いいた
しまする。(^^)/

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『生き残り二人』 (いのちをみつめて 30)
プレザンドの森。
森という名称はついているが、まばらに生えた樫の木の間
を柔らかな青草が埋めている美しい丘陵地だ。
ほんの数日前まで、その美しさと静けさはずっと保たれて
いて、森の近傍に住まう誰もがこれからも美しい森であり
続けると思い込んでいたはずだ。
しかし、昨日その森は戦場に変わった。
大勢の兵士たちが激しい戦闘を繰り広げ、森は血風で塞が
れた。
一夜明けて。森の中には青草の欠片すら見出すことが出来
なくなっていた。
それは、草が馬蹄や軍靴で踏みにじられたからではない。
無数の屍が林床を覆っていたからだ。
おびただしく流された血がそこかしこで細い流れを作り、
それでも麓には流れつかずに虚しく地に吸い込まれていた。
確かに森は静けさを取り戻したが、それは見渡す限りの死
の世界。
次に森が動きを取り戻すとすれば、遺体が腐敗して蝿を呼
び集めた時だろう。
折り重なっている無数の兵士の骸の一部がかすかに動き、
頭上の骸をわずかに動かした隙間から、ざんばら髪の男が
首を出した。
「ぶふう……げほっ! げほっ!」
生きてはいるものの、深手を負っているのだろう。
身体についた傷からだけでなく、口からも一筋の血を流し
ていた男は、気力を振り絞って上体を持ち上げた。
視界を確保した男が慎重に周囲を見渡したが、辺りは昨日
の騒擾が嘘のように静まり返っていた。
兵だけではなく、村人の姿も見えない。
敵兵による虐殺が民にまで及んだか。
それとも、恐れをなした民が村を捨てて逃げたか。
いずれにせよ、人の気配は全くなかった。
がっくりと項垂れていた男の耳に、甲冑の軋む音が聞こえ
た。
ほんの数間先の小さな窪地。
そこも兵の死骸で埋まっていたが、甲冑の隙間を縫うよう
にして血まみれの腕がにょっきり突き上がり、がしゃが
しゃと騒々しい音を立てながら精悍な顔つきの男が一人上
体をもたげた。
「ふう」
「ウォズ。生きていたのか」
二人目の男が立ち上がったのを見て、最初の男がすかさず
声をかけた。
「ラルフか。そのようだな。こんなくそったれの天国が
あったら、神を詐欺で訴えてやる」
後から出てきたウォズという男は、遺骸を無造作に踏み越
えながらまだ埋もれていたラルフに歩み寄ると、力任せに
引き抜いた。
「ぐ……」
激痛に顔を歪めたラルフを地に横たえたウォズは、ラルフ
以外に誰も生存者がいないことを確かめて顔を歪めた。
「ちっ。くそったれが。まあた死に損なっちまった」
「はは……おまえさんも運が悪いな。げほっ!」
「しんどいだろ。しゃべらんでいい」
「まあな」
ウォズは黙って蒼天を見上げていたが、独り言のように顛
末を語り始めた。
「一万の兵が、たった数百騎の騎兵に滅されるとはな」
「一万が……十万でも百万でも同じさ。屁っ放り腰の素人
は、訓練された精鋭には歯が立たん」
「まあな」
「死を目前にすれば、誰もが怖じる。怖じない者だけが、
死を克服出来るんだろ」
「ラルフ。おまえは?」
「俺は、死ぬのは怖くはなかったよ。だが、敗走する連中
の流れに逆らって、敵兵に当たることはできん。猛将なら
一騎当千なんだろうが、俺はただの雑兵だからな」
「……そうか」
「こうして生き残ったのは、奇跡みたいなもんだよ」
ラルフの儚い笑いを見て、ウォズが悲しそうに顔を伏せた。
確かにラルフは「まだ」生きている。
だが、彼の負った深い傷は残った生命の炎を間も無く吹き
消すだろう。
生き残った意味なぞ、どこにあるというのだ。
ラルフは、そんなウォズの表情を見咎めて文句を言った。
「なあ、ウォズ。俺は、どんな時でも自ら死を選ぼうと
思ったことはないよ。流行病で息子たちを失った時も、洪
水で女房を失った時も、そして今も」
「……」
「生きようとしなければ生きるチャンスがないなら、そう
するしかないだろ。だから、敵に立ち向かうことは怖くな
かった。それは生き残るためのあがきだからな」
「どういう意味だ?」
「背を向けたとたんに、俺が生き残るチャンスは全くなく
なる」
「ああ……そういうことか」
「死を賭して挑んだからこそ、今があるってことさ」
最後の力を振り絞って手を伸ばしたラルフが、ウォズの手
に己の手を重ねた。
「生きているから……こうやっておまえと話が出来た。俺
が今生きている意味はそれだけでいい」
微笑んだその表情のまま。
ラルフは静かに目を閉ざし、息を引き取った。
ラルフを川縁まで担ぎ出したウォズは、亡骸を川に流した。
「ラルフ。女房子供と静かに暮らせ。じゃあな」
それから。
川面に写った自分の顔に向かって力なく呟いた。
「俺がいつもくたばり損なうのは、悪魔に祟られてるんだ
と思ってたけどよ。単に死にたくねえだけなのかもな」
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《 ぽ ち 》
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