私の家族内では、他の人を使って、自分の主張を間接的に通させる、という事態がよく起きます笑



例えば、母親が何らかの要求を私にしたい場合、その要求が父親とか叔母から間接的になされる、という状態。

(つまり、母親は自分の手は汚さない)



あるいは、「誰々さんも心配しているのだから」など、主語が別の人になる状態。



こういう事態が最近も起きたわけですが、そういうことが起きると、私はもう、ホントに疲れてしまう。



マインドコントロールのように、裏で手綱がひかれているのが、

こちら側からすれば、見え見えなのだけれど、そのことに気づいてさえいない人たち。

 

ホントにタイヘンです。

 

というように、私は家族のいびつな形を嫌というほど見てきたわけですが笑、

だからこそ、家族について、嫌というほど考えてきたわけでもあります。

大学院の研究テーマにも家族は含まれていましたし、文献を読みすぎて、

何が何だか訳わからなくなったりもしましたが、それも今となっては良い思い出です笑

 

大学に骨を埋めるかと思われるほど長くいた私が、その世界から遠ざかることにはしたわけですけど、

歩んできた道は、たぶん一本につながっていて。

やりたいことは同じでも、それをする方法は、無限にあって。

 

私が興味のあることは一貫していたけれど、いる世界を間違えていたし、

やる方法も間違えていたのではないかと思うのです。

 

私がやりたいことは、文学でも音楽でも表現できるし、

そして、そういう世界の方が私には合っているのではないか、と気づいたというか。

 

その私の興味の1つには、もちろん家族があって。

家族を「研究する」ということを、私はずっとしてきたわけですけど、

私には家族を「表現する」ことの方が合っているのではないかと思うのです。

 

例えば、小説で家族を表現すること。

 

血がつながっているからといって、戸籍が一緒だからといって、

家族になれるわけではないことを嫌というほど実感している私だからこそ、

私が小説を書くことで、誰かの家族の助けになれるなら、それほど嬉しいことはありません。

 

そういう訳で、誰かの想いを小説という形にしてみることを思いついたのでした。

 

どうか、この世界に、幸せな家族と幸せな子供が増えますように。

私の人生の傍らには、いつも音楽がありました。

 

というより、あったことに、気づきました笑

 

まず、私は3歳の時に、ピアノを習い始めました。

そういう人は、割と少なくないかな、と思います。

小中学校時代は、合唱部の伴奏をしたりしていました。

 

加えて、私は、小学生の時には、フルートをかじり、エレクトーンをかじり、

高校生の時には、オーケストラ部でバイオリンを弾いていました。

 

なぜそんなことになったのかと言えば、母親からの影響です。

 

私の母親の職業は、小学校の教師でしたが、専門が音楽(作曲)でした。

だから、家に、ピアノもエレクトーンもフルートもあったんです。

 

でも、私の母親の家庭は裕福ではなかったので、小さい頃はピアノを習わせてもらえず、

ピアノを買ってももらえず、やっと習わせてもらえたのは、小学校の終わりくらいで、

練習も紙に書いた鍵盤でやっていたそうです。大学も音楽大学ではなく、教育学部の音楽科卒業です。

 

だから、今でも、ピアノはそんなに上手ではありません。

 

私には、そういう思いをさせたくなかったのでしょう。

 

母親にピアノを習わせられ、最初、私は何で自分がピアノを習っているのか、

全く分からないままにやっていました。

というより、母親からのスパルタ指導で、泣きながら、ピアノを弾いていました笑

 

そういう幼い頃の苦い思い出はありますが、ピアノを習わせてもらえてよかったなあと、今は思っています。

もし、ピアノを習っていなかったら、今の私とは全く違う人間に、きっとなっていたでしょう。

絶対音感に近いようなものも、持つことはできなかっただろうと思います。

 

小さい時には、泣きながら練習させられていたピアノが、

いつしか、私の人生に、なくてはならないものになっていました。

 

幼い頃から、私は勉強ができたので、勉強が仕事のような生活だったわけですが、

その勉強から一時、解放されるのがピアノを弾いている時でした。

 

私の勉強部屋は2階にあり、ピアノの部屋は1階だったので、

勉強に疲れると、1階に降りていって、ピアノを弾く、という日々。

 

大学生になっても、「ピアノクラブ」というサークルに所属し、ピアノは、細々と続けていました。

 

大学院生になって、学問に捧げる時間が、人生の大半を占めるようになったため、

そこからピアノとは縁遠くなっていくわけですが、大学院3年目くらいに、

耐えられなくなって、狭い部屋に安いキーボードを買い、それから、たまーにキーボードを弾くようになりました。

 

その後、人生の紆余曲折あり、今は歌を習ったりしているわけですが、

学問の世界から少しずつ離れるにしたがって、思うようになりました。

 

私は、いる場所を間違っていたのかもしれない、と。

 

音楽は、私の人生の傍らではなく、中心に近い場所に置いてあげるべきものなのかもしれない。

そう思い始めて、それが確信のようなものになりつつあるので、

これからのブログは、そういう方向で書いていこうと思っています。

 

お付き合いいただける方は、どうぞよろしくお願いします♪

去年の年末からブログを更新していませんでしたが・・・

いろいろ思うところがありまして、滞っておりました。

 

私は現在、英語や異文化コミュニケーション論を教えるお仕事をしていまして、

人に教えるのは得意です。

 

ずっと英語の勉強はしてきましたし、というか、学術的な勉強ばかりしてきましたし、

英語学校のレッスンなど、朝の10時頃から19時すぎまで、ほぼぶっ通しですることもありまして、

人に英語を教えることに関しては、その辺の人には負けないくらいに、だいぶ鍛えられました。

 

ですが・・・英語を教えることは上手ですが、英語の試験対策をしたり、英文法を教えるのは、特に好きではないのです。。。

 

歌を歌ったり、ピアノを弾いたり、小説を書いたり、詩を書いたりするのは、どんだけやっても飽きませんし、

自らお金を払ってでもしたいわけですが、お金を払って英語の試験対策をしてあげたいかと問われれば、

そうは思わないのが正直なところでして。

 

というわけで、英語レッスンは、洋楽で英語を勉強したいとか、洋楽を歌えるようになりたいとか、

洋楽の歌詞を勉強したい人向けに限定していきたいと思います(^ ^)

 

詳しくは、次回の更新の時までお待ち下さい♪

 

 

 

笑顔の裏に、涙

テーマ:

天狼院書店のweb記事として、掲載していただきましたニコニコ

最終講義の後に書いたので、熱が入りすぎた気がしていましたが・・・

「編集部セレクト」にも選んでいただけました✨

 

お読みいただければ幸いです↓

⭐︎笑顔の裏に、涙⭐︎

 

 

 

 

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