クリシュナムルティは、聖者というより、覚者と呼ぶほうが相応しいと思います。

覚者というのは、目覚めた人という意味です。

クリシュナムルティ
ジッドゥ・クリシュナムルティ - Wikipediaより


クリシュナムルティは、宗教的な権威を拒絶していました。

インドの聖者のような衣装を着ることや、聖者のように振る舞うことを、一切おこないませんでした。

そのため、クリシュナムルティは、哲学者や思想家のように思われています。


奇跡を起こすような聖者が好きな人たちは、クリシュナムルティというと、何か難しく、理知的で、わかりにくい印象を持つかもしれません。

奇跡を起こすような聖者よりは、一段低い存在である、と思っている人もいるかもしれません。


しかし、クリシュナムルティは、自分の霊的な能力を、徹底的に公言しないようにしていただけなのです。

その理由は、彼の説いていることを見れば、明らかでしょう。

超能力を使って、人々を感化させるという方法は、彼が説いているジュニャーナ・ヨーガ(智恵のヨーガ)の道では、障害にしかならないのです。

聖者に対して、依存と執着を生み出してしまうからです。


バクティ・ヨーガ(信仰のヨーガ)の道においては、超能力を見せて、人々を感化させることも、信仰への強い動機を生み出します。

聖者によって、導き方が違うのです。


クリシュナムルティは、自身の超能力に関して、一切公言しませんでした。

しかし、彼の身近にいた人々は、クリシュナムルティの驚異的な超能力を、いくつも体験していました。


クリシュナムルティの教えを学ぶ前に、彼がいかに驚異的な霊的能力を持っていたのか、ということを紹介したいと思います。

まずは、クリシュナムルティのヒーリング能力。


彼は病気を癒すたいへんな力をもっていました。
たくさんの人が、彼のおかげで目が見えるようになったり、耳が聞こえるようになったり、難病が治癒したりしています。

ただ彼はこのことを人に知られるのを、ひどくいやがっていました。
あるとき、私が彼に奇跡とは何でしょうかと訊ねたことがあります。
彼は笑って、こういう例はどう思うかと次の話をしてくれました。

『十日ほど前、車つきの担架に寝かせた若い娘を連れたひとりの母親が私に会いに来た。
突然だったので断わる暇もなく、担架は私の面前まで運ばれた。
娘は片方の足の膝の骨がくだけて身動きもできなくなっていたのだ。
母親は私にどうにかして治してくださいと懇願した。
医者はもう足は一生元通りにはならないよと言ったというのだ。

私はずっと娘と視線を合わせた。そして母親にもう大丈夫だよと言った。
その言葉を聞くと、娘は何のためらいもなくすぐに担架を下りて歩き出した。
母親の驚きはたいへんなものだった。
私は母親に、娘さんが治癒したのは私の力ではなく、娘さんの身体の中のエネルギーが目覚めたので自分で回復させたのだよと言った。

あとで聞いたところでは、私が彼女に話しかけた直後、曲がったままだった足の中を電流が走ったように感じ、自動的に曲がった足が伸びてしまった感じがしたそうだ』




「これは兄のナラヤンも知らない、私が今まで誰にも明かさなかった秘密の話です。
クリシュナジも亡くなったのでもう発表してもよいと思います。

私の長男は二十歳をとっくに過ぎましたが、そのときはまだ五歳でした。
街路の舗道で遊んでいたのですが急に転んで、石畳の一角に側頭部を激しくぶつけたのです。
頭から血を流して失神した長男を、私は夢中で抱きかかえて町一番の病院へ運びこみました。
バンガロールの有名なアメリカ人経営の大病院にです。さっそく診察を受け、X線透視もしました。
その結果、頭蓋骨が陥没して内出血していることがわかり、できるだけ早く脳の切開手術をしなくてはならないし、手術をしても全快の保証はないと診断されたのです。

呆然となった私はさっそくロンドンにいたクリシュナジに電報を送って、祝福を授けてくれるように懇願しました。
翌日返電が来ました。
それを病院で受け取ったとき、私は昏々と眠ったままの長男のベッドの傍らに坐っていました。
震える手で電報を開くと『祝福を送る、長男は快復する』という内容です。

思わず押し頂いて眼をつぶった私の耳に『ママ、僕どうしてこんなところに寝ているの。家に帰ろうよ』という元気な長男の声が飛び込んできたのです。
彼は全快していました。
もちろん手術の必要はありませんでした。

驚くことはこれだけではなかったのです。
部屋の中には長男の外にも何名かの患者がベッドに横たわっていましたが、長男の隣にはやはり五、六歳くらいの男の子が何かの内臓疾患で臥せていました。
非常に重態だったようでもう医師たちも快復をあきらめ、無駄だからというので鼻やロなどに入っていた何本かの管も全部取り外されてしまっていました。
もう死を待つばかりでした。
その子が急にムクムクと起き上がったのです。
顔にも赤味がさし、信じられないくらい元気になっているのです。
医者も付き添いの家人も呆れるやら驚くやらの大騒ぎになりました」。
 
この話を聞いていたナラヤンは笑顔で静かに言った。
「インデラ、クリシュナジから愛のエネルギーが流れこんだのだよ。強すぎてお前の長男の身体を貫いたあとその子の身体にまで余力が及んだのだ」。



クリシュナムルティは、極めて高度な悟りの境地に入り、そこから信じがたい霊的光明を周囲に発することができたようです。


一九七五年、私はオハイのクリシュナムルティ財団のコテージに滞在していました。
そのときクリシュナジの使いがやって来て、すぐ彼の部屋に来るようにとのことでした。
入室してみると彼はベッドに足を組んで坐っていましたが、私の顔を見るなり、今おまえが向かい合っているのはクリシュナムルティではなくて仏陀だよと言うのです。
私は思わず立ちすくみました。

彼の顔は、平素でも美しいのですが、その瞬間まったく異質の美しさで輝いていました。
顔の相だけでなく身体全体が一変していたのです。
身動きもできないでいる私の前で、その変貌は実際は二分間もつづいたでしょうか。
しかし私にはすごく長い時間に感じられました。
部屋の中全体に強いエネルギーがみなぎっていました。
これは幻覚ではありません。
クリシュナジが亡くなる十日ほど前、コネチカットにいた私もオハイまで呼び出されました。
彼とのお別れをすませたあとのある朝、妙に胸騒ぎがして、できたらもう一度彼に会いたいなと強く思ったのです。
私はパイン・コテージを出てアリヤ・ヴィハーラに近づいてゆきました。
ご存じのように途中はずっとオレンジの畠です。
このとき彼はちょうどどうしてももう一度戸外の景色を見たいと望んで、車椅子のまま彼にとって思い出の深い胡擢の木の前に運び出された直後だったのです。
彼はひとりでいたいからと誰も傍らに来るのを望まなかったようです。
何も知らない私がオレンジの木の陰に彼の車椅子の一部が見えるところまで近づいていったときです。
これ以上進むなという鋭い感覚が私の脳裡を打って、思わず足が止まりました。

立ち止まったままの私は、あたり一面が言うに言われないほど神聖な澄みきった大気に満たされているのを感じました。
そこに一陣の清風が突然吹いてきました。
木の葉がサヤサヤと音をたて、明るい陽光もゆらぐような気持ちです。
そしてそのまま絶対的な静けさが訪れたのです。
表現のできない荘厳さでした。
限りなく深い愛に包まれた感じでした。
もう私の気持ちは満たされきって、これ以上彼をわずらわせる必要をいっさい感ぜず、静かにコテージに戻りました。
これが私の彼をかいま見た最後でした。

(出典:「クリシュナムルティ 目覚めの時代」メアリー・ルティエンス著 めるくまーる社)

クリシュナムルティ・目覚めの時代/めるくまーる

¥3,456
Amazon.co.jp


クリシュナムルティの透視能力は、目の前にいる人の潜在意識の情報を読み取るといった低次の霊能力ではありませんでした。

アカシックレコードという宇宙の図書館に完全に繋がり、そこからその人の魂の情報を引き出すことができたようです。


クリシュナムルティは私たちに話した、彼は子供の時から数々の神通力を持っていたと。
それらは「読心、開けてない封筒の中の手紙を読む、ヴィジャンを見る、未来予知、癒し、そして心に描いた物を客観的に物質化する力」などである。


インドでKと最も長い間親交のあったひとりにアチュットゥ・パトワーダンがいます。
かつてインド独立の闘士として二度も投獄させられた熱血漢で、いつでもインドの大統領になり得る人物だそうです。
ある日彼がKと散歩していた途上、Kが突然アチュットゥに言いました。

「わたしはあなたの過去のことも未来のことも何でも知っているよ。」

「……?」

アチュットゥは、あまり突然のことなので返事も出来ずにいました。

「信じられないようだね。では訊ねるが、あなたは二十八歳のとき、人を殺したことがあるでしょう?」

わたしか殺人罪をおかした? そんな馬鹿な、とアチュットゥは一瞬血がたぎる思いでした。
しかし途端に真っ青になりました。

すっかり忘れていたのですか、たしかに二十八歳のとき、車の運転中ひとりの男が急に行く手にとび出してきて、避ける間もなくそのひとを轢いてしまったことがあったのです。
すぐさま病院に運び込んだのですが、手当の甲斐もなくその後間もなく轢かれた男は息をひきとったのでした。
本人自身もすっかり忘れていたことをどうしてKが知っていたのかとアチュットゥも当然訊ねました。
Kはこう答えたそうです。

「宇宙の貯蔵庫みたいなものがあって、どんなひとのどんな行為も記憶されています。
利己心の全くない心だけが、そこと交流出来るのです。」

(出典:「クリシュナムルティ・水晶の革命家」高岡光著 創栄出版)

クリシュナムルティ・水晶の革命家/創栄出版

¥2,056
Amazon.co.jp


宇宙の貯蔵庫といった発言は、このような神智学的な概念を避けていたクリシュナムルティの言葉としては、極めて重要な言葉だと思います。

そして、このような技術は、「利己心の全くない心だけが、そこと交流できる」とクリシュナムルティが言うように、低次な霊能力ではなく、極めて高次な魂の力が必要とされるのでしょう。


どんな人のどんな行為も記録されている、という事実は、僕たちが知っておくべき智恵だと思います。

僕たちの成したことは、その(真実の)動機も含めて、すべてが宇宙の図書館に記録されているのです。


僕たちは、一体どんな行為を成すのか。

どんな動機で、その行為を選択するのか。

それら全てが、永遠に、宇宙の貯蔵庫に記録されるのです。


クリシュナムルティの超能力に関しては、以下の著書に詳しいです。
知られざるクリシュナムルティ/太陽出版

¥1,620
Amazon.co.jp

コメント(6)