↑鞍馬山登山口階段

 

昨日、5月24日発売の大都社「実際にあった怖い話」連載中の私のコラム記事では「霊能力は誰にでもある」という事を書いています。その「霊能力」とは「類は友を呼ぶ」の能力。

 

自らが意識せずとも、「学びの無い前世」、「低い霊格」、「汚いオーラ」が低類の仲間を呼び寄せて犯罪やら暴言やらDVやらの非常に醜悪丸出しな人外事件を引き起こすのです。オレオレ詐欺の犯罪仲間集団などその最たるものです。

 

人生、常に神頼みで「都合の良い運が来ない」とか愚痴を言いながら「自分は0能力者~♪」なんて下町のオッサンみたいに嗤っている場合じゃないという事だけは知って欲しいと願います。

 

**********

 

さて今回で④になります。次回⑤⑥で記事まとめに入りますので

今少しお付き合いください。

 

前回、「約13年前、水女神岩に来いという霊夢を観た」と話しましたが、その夢の示す場所を理解した数日後、今度は「貴船神社」の名前が登場する霊夢を毎夜に渡って視たのです。

 

その「貴船神社」の名とはポスターだったり、電飾だったり、知人の頭上にゲームのカーソルの様に浮かんでいたり、まるでコメディーの様にしつこく夢の中へ登場したのですが、分社はともかくとして「貴船神社」の本社は京都です。東京から「ちょっと行って戻る」なんて事は出来ないので、ずっと放置のまま、やがてそんな夢を視たこと自体を忘れていました。

 

そして数年後の2011年、私はすでに独立して整体院をスタ-トしていました。その年末の12月28日に視たのは、おそらくヨーロッパのどこかの地方の田舎村で屋外パーティーをしている夢でした。収穫祭のような感じで30人くらいの村人が唄ったり食事を楽しんでいる風景で祝砲の様な音も聞こえました。ちなみに私の視る異国の夢は前世の風景が多い様です。

 

夢解析=「パーティ」は学びの祝賀会であり「人生の通過儀礼」の意でもあります。2011年がどんな年であったかと言えば「東日本大震災」の厄年です。津波と破壊と死と原発事故とフェイクニュースという耐え難い現実に恐怖、怒り、悲しみ、そんな負の感情が渦を巻いて精神的にも少なからず混乱を極めた年でした。

 

気弱な人にとっては、とても残酷な話ですが「祝」と「呪」は背中合わせの同一のものです。それは「死」が「魂の開放」と同義であるように生きる事に「呪」を強く感じれば感じるほど人生は真実の「祝」へと近づいていきます。「楽」を求めれば「落」に陥ると言ったほうがわかりやすいかもしれませんね。安易な「楽(痴呆ポジティブ思考)」に逃げず「呪」を克服する智慧を必死で探してください。

 

日々を生きる意味を見いだせずに、ただゾンビの様に人生を生き永らえるより、今を必死で生きてドロドロの感情を体感することが「祝」「呪」の「学び」であり、まさに屋外パーティの夢は2011年に学んだ感情という実りの「収穫祭」だったのかもしれません。

 

そして翌日、2011年12月29日に私はビジター(訪問者)として霊夢に顕現した水女神から直接「蔵馬山」「貴船神社」へと来るようにという、わかりやすいメッセージを受け取る事になります。

その頃は私のコーディネーターが水女神だと薄々気付いていましたが「人生のスケジュール表を持参して来てやった」と言われた時には明晰夢の中でも少なからず驚いたのをよく覚えています。

 

以上短いですが喉風邪で咳が酷く、パソコン前での作業がきついので今回はここまでにします。

 

次回⑤水女神との会話編に続きます。

いつもお読みくださりありがとうございます。

↑蔵馬山より比叡山方面を視る。