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こんにちは。幸せを運ぶ語りびと 中村美幸です。

ご訪問下さり、ありがとうございます。

このブログでは、小児がんを患った長男(渓太郎)との闘病、別れを通して知った「幸せ」や「愛」、「命」「生きること」について綴らせていただいています。

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 (この子は、なぜ生きているの・・・)

 

 

その時、私の目に映っていたのは、ベッドに横たわり「ただ生きる」ひとりの少女。

 

呼吸器をつけ、鮮明な意識を持たない少女の姿を病棟の廊下から見るたび探した、少女の「生きる意味」。

 

 

 

なぜ生きているの・・・

 

何もできないのに、なぜ・・・

 

 

 

 我が子に先立たれるであろう人生に生きる意味を見失っていた私には、どうしてもその答えを見つけることはできなかった。

 

 

 

そんな、ある日。

 

探し続けていた問いの答えを、少女はその姿ではっきりと私に示した。

 

 

その日、私が少女の病室の中で見たのは、横たわる小さな体に真っ赤な着物をまとわせる少女の母の姿だった。

 

「かわいい!!かわいい!!」と言って喜びに弾け、母は、カメラのレンズを少女に向けたまま、「パシャ、パシャ」とシャッターを切り続けた。

 

七五三を迎えられたことに大喜びをする母の姿と、歓喜のシャワーを浴び続ける晴れ着姿の少女に、私の心の中から、自然とお祝いの言葉がこぼれた。

 

 

(七五三、おめでとう・・・)

 

 

 

そうつぶやいた瞬間、私の心の中から、少女の生きている意味が力強くこみ上げた。

 

 

 

人は、存在するだけでいいんだ。

 

「存在」するだけで、誰かの心の中から、愛を引きあげることができるんだ・・・。

 

 

 

なにが、できるのか。

 

なにを、持っているのか。

 

どんな過去が、あるのか。

 

どんな体を、持つか。

 

 

そんなことから愛は生まれない。

 

 

 

 

ベッドの上で「ただ生きる」少女が教えてくれたのは、『存在=愛』

 

生きることに理由など必要ない。

 

だって、人の「存在」そのものが「愛」の塊なのだから・・・。

 

 

 

このとき、私にとって生涯変わることのない人生のテーマが決まった。

 

 

 

 

▶▶▶  そんな私の人生のテーマ「存在=愛」の中の、「存在」について、ある人がこう語ってくれました。
 


「目に見えて在るのが『実体』。

 

見えても見えなくても在るのが『存在』」・・・だと。

 

 

これを聞いた瞬間、講演などでよく聞かれる質問、「渓太郎くんとの闘病生活はもう何年も前のことなのに、どうして今でもリアルに感じ続けられるのですか?」の答えが、はっきりと見えたのです。

 

 

渓太郎の肉体(実体)はなくなっても、「存在」は在り続けている。

 

そして、その「存在」によって、今でも私の中から愛が引き出されているのだと・・・。

 

 

それは、これまでふわふわと感じていた「存在」と「愛」についての繋がりが、より現実的な確信に変わった瞬間でもありました。

 

 

この時、「存在」について、はっきりとした答えを与えてくださったのは、横山塾塾長の横山信治さん。

 

そんな横山さんをゲストに迎えた講演会が10月13日(日)、東京にて開催されます。

 

ビジネスでも大成功されている方ですが、その根底にあるのは、目に見えないことにも耳を傾け、実体のないものも尊ぶ心なのだと感じます。

 

普段はなかなか聴くことができないであろう横山さんの心の世界、魂の世界に、皆さんと一緒に触れられることを楽しみにしております。

 

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