こんにちは。本当の愛と幸せを届ける講演家 中村美幸です。

ご訪問下さり、本当にありがとうございます。

このブログでは、小児がんを患った長男(渓太郎)との闘病、別れを通して知った「幸せ」や「愛」、「命」「生きること」について綴らせていただいています。

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渓太郎に残された時間があとわずかだと心の片隅で察した時、私の中から「無償の愛」のような感情が湧き上がった。

 

「ただ、そばで生きていてくれれば・・・それだけでお母さんは十分に幸せだよ」

 

「渓ちゃんと一緒なら、お母さんは一生、この病室で暮らしてもいい・・・」

 

 

 

 

 

渓太郎の付き添い看護生活が始まってからは、これまで当たり前にしていたことが、なに一つとしてできなくなった。

 

 

ばい菌から渓太郎を守るため、食べ物を病室へ持ち込むことを禁止された私は、食事をすることもままならない。

 

渓太郎がぐっすりと眠った時を見計らって、家族控室に駆け込んで済ます食事は、1日2回。

 

なかなかお昼寝をしないときは、1日1回・・・。

 

どうしてもお腹がすくと、渓太郎の残した離乳食をかき込み、空腹をしのいだ。

 

 

 

病室に風呂場があるはずもなく、入浴することもかなわない。

 

渓太郎の寝たすきを狙って、家族控室に設置された風呂場に駆け込みシャワーを浴びた。

 

 

 

さすがにトイレだけは、寝たすきに・・・というわけにはいかず、トイレに行きたくなると大急ぎでサークルベッドの柵をあげ、病棟入り口にあるトイレを目指した。

 

「渓ちゃん、ちょっと待っててね!お母さん、トイレに行ってくるから」

 

 

 

これまで当たり前にやっていたことが、なにひとつとして通用しない付き添い看護生活に、入院当初は牢屋に監禁されたような気持になった。

 

 

「どうしてこんなことになってしまったのか・・・」

 

「私の何がいけなかったのか・・・」

 

「きっと長く続くであろうこの生活を、私は本当に続けることができるのか・・・」

 

 

 

しかし・・・

 

それとは真逆の感情が湧き上がってきたのは、渓太郎に残された時間があとわずかだと心の片隅で察した時だった。

 

 

 

「ただ、そばで生きていてくれれば・・・それだけでお母さんは十分に幸せだよ」

 

「渓ちゃんと一緒なら、お母さんは一生、この病室で暮らしてもいい・・・」

 

 

 

渓太郎の看病ができる日々。

 

大切な人のために命を削れる時間。

 

 

愛を注げることが、どれほど幸せなことなのかということを、胸に突き付けられた。

 

 

 

(もしかして・・・これが無償の愛・・・)

 

 

 

そんなことを思いながら小さな体を抱き上げ、渓太郎がキャッキャと声を上げて喜んだ・・・

 

 

 

その瞬間。

 

 

 

私がこれまで幸せを感じてきた場面が、次々と頭に浮かんだ。

 

 

 

「渓ちゃん、渓ちゃん、大好きよ。

 

渓ちゃん、渓ちゃん、かわいいね」

 

何百回も繰り返す私の子守唄に包まれながら、渓太郎は安心しきった顔をして眠りについた。

 

 

 

だっこをし続ける私の胸元に顔を擦り付けて、ニコニコと自慢げな表情を看護師さんに見せた。

 

 

 

「おかあさんさん。ぼく、しあわせだよ」

 

渓太郎のそんな心の声を、私は何度も聞いた。

 

 

 

頭の中に繰り広げられる映像を見て・・・ハッとした。

 

 

 

(・・・私が与えているんじゃない。

 

渓太郎が受け取ってくれるから、愛を注げるんだ・・・)

 

 

 

渓太郎が私にくれたのは、無償の愛を与えられる幸せ。

 

だとすれば・・・

 

 

 

無償の愛は、深くて尊いけれど、

 

もしかして、もっと尊いのは、無償で受け取る愛なのかもしれない。

 

 

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