こんにちは。本当の愛と幸せを届ける講演家 中村美幸です。

ご訪問下さり、本当にありがとうございます。

このブログでは、小児がんを患った長男(渓太郎)との闘病、別れを通して知った「幸せ」や「愛」、「命」「生きること」について綴らせていただいています。

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「渓ちゃん、会いたいよ・・・」

 

「だっこがしたいよ・・・」

 

「ずっと渓ちゃんのお母さんでいたい・・・」

 

 

渓太郎を強烈に求める私の腕の中には、もう、その小さな身体はなかった。

 

 

 

 

 

幼少のころ「将来の夢は?」と訊かれれば、決まって応えていたのが「お母さんになること」

 

同級生は「看護師さん」「先生」「パイロット」「野球選手」と応える中、私の夢は中学生になっても変わることなく、卒業文集に書いた将来の夢は「お嫁さん」。

 

 

 

そんな夢を書くたび頭に浮かんだのは、運動会でかけっこをする自分の姿。

 

 

目の前を走る同級生の後を必死に追いかけ、私がゴールした時に聞こえてきたのは、「がんばったね」という慰めのような拍手。

 

一緒にかけっこの練習をしてくれた父に申し訳ない気持ちを抱えながら家に帰り、「ビリから2番目だったよ」と報告すると、残念そうな表情を浮かべた父・・・。

 

 

 

物心がついたころにはピアノも習った。

 

同じころに始めたお友だちは次々と、音楽会でピアノの伴奏に選ばれた。

 

しかし私は6年間、体育館のステージに置かれたピアノに触れたことがない・・・。

 

 

 

(運動もできない、音楽もできない・・・。

 

特別勉強ができるわけでもない・・・。

 

だから私は、夢が持てないんだな・・・)

 

 

 

あきらめの結果生まれた夢が「お母さん」だと、何十年も思い続けていた私に、決定的な出来事が起きた。

 

 

―――渓太郎の出産。

 

 

小さな手をぎゅっと握り、真っ赤な顔をして泣くその姿に、思わず「かわいい!」声を上げた瞬間、私は確信した。

 

(私の夢は、本当に「お母さん」になることだったんだ!)

 

 

 

しかし、それから1年4か月後。

 

 

 

幼少期に感じ続けた自信のなさや、みじめな気持ちをすべて払拭してくれた渓太郎は、私の元から旅立った。

 

 

「渓ちゃん、会いたいよ・・・」

 

「渓ちゃん、だっこがしたいよ・・・」

 

「渓ちゃん、お話がしたいよ・・・」

 

 

渓太郎のお母さんとして生きたくて、額縁に収まった渓太郎に向かって必死に泣きついた。

 

しかし、渓太郎は、額縁の中から動かない笑顔で応えるばかり・・・。

 

そのたび、「もう戻ってこない」という焼き印を、胸の奥までジリジリと押されるような痛みがひびいた。

 

 

そんなことが何度か繰り返されると、いくら頑張っても、かけっこで一番になれなかった自分や、音楽会で伴奏ができなかった自分の姿が蘇り、

 

(人は生きたいようには、生きられない・・・)

 

(もう、渓ちゃんのお母さんとしては生きられないんだ・・・)と思った時。

 

 

ハッとした。

 

 

 

私は変わらず、ずっとなりたかった「お母さん」であるということ。

 

そして、

 

自分の肉体と入れ替わるかのように、渓太郎は私に「我が子を見送った母」という新たな立ち位置を遺したのだと・・・。

 

 

 

私は変わらずお母さん。

 

渓太郎を見送ったお母さんとして生きていこう・・・。

 

 

与えられた経験とそこから生まれる感情を拒むことなく大切に受け取ったとき、ようやくまた、自分の人生がゆっくりと動き始めた気がした。

 

小さな渓太郎がそうしていたように・・・。

 

 

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