こんにちは。本当の愛と幸せを届ける講演家 中村美幸です。

ご訪問下さり、本当にありがとうございます。

このブログでは、小児がんを患った長男(渓太郎)との闘病、別れを通して知った「幸せ」や「愛」、「命」「生きること」について綴らせていただいています。

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今から約一年前。

 

時々行っている「乳がんのセルフチェック」を就寝前にしていると、右の指先に「コロン」としたシコリが触れた。

(・・・病院、行かなきゃ・・・

 

 

 

翌朝。

 

「女同士」ということを全身で醸し出しながら、高3の娘にこっそりと・・・。

 

「あのさ。胸にシコリを見つけちゃった」

 

そう言って、娘の指を胸元まで引っ張ってきて患部に当てると、「あ・・・」

 

それまで動いていた娘の視線は一瞬、ピタッと宙で止まり、その後すぐにいつもの表情を装ってひとこと。

 

「病院、行った方がいいよ」

 

がんかもしれないという不安よりも、平常心を装う娘に、つい「あなたは優しいね・・・」と言えてしまう自分に、少しびっくりした。

 

 

 

それは、渓太郎の体を巣食った「小児がん」の告知や、「3か月」という余命宣告を受けた経験による「強み」なのか、それとも「慣れ」か・・・。

 

 

 

子どもたちが家を出たのと同時に、私は隣町の病院へ。

 

窓口で事情を話すと、「検査は1か月先になってしまうので、すぐに別の病院へ行ってください」とのことで、今度はそのまま近くの総合病院へと向かうことにした。

 

(確か、外科だよなぁ・・・)と思いながら、受付にいた看護師さんに症状を話すと、待合室に案内されるかと思いきや、看護師さんは慌ててポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出した。

 

 

「このままこちらの病院へ向かってください。うちは乳腺の専門医がいないので、すぐ専門医に診てもらってください

 

そう言って、ピリッと破いたメモ帳に書かれていたのは、これから向かうべき病院名と電話番号。

 

「わかりました。ありがとうございます」という私に、看護師さんはとても心配そうな表情を浮かべて見送ってくれた。

 

 

「えっと・・・どこに行けばいいんだ?」

 

車のナビに住所を読み込ませていると、かつて渓太郎を乗せて、近所の小児科から、総合病院へ・・・そして小児がん専門病棟のある病院へと移動したときのことを思い出した。

 

 

(私、同じルートをたどっているじゃん・・・)

 

 

渓太郎に小児がんの疑いがあると言われ、遠のく意識を必死で現実に縛り付け、なんとか心を引きずるように病院から病院へと移動したかつての自分と、「私はがんなのか・・・」という不安がないわけではないけれど、「どこに行けばいいんだ?」と冷静にナビの設定をする私・・・。

 

 

(これは「強み」なのか「慣れ」なのか・・・)

 

(それとも、「自分の病気」と「子どもの病気」では、こんなにも違うものか・・・)

 

 

そんなことを思いながら運転しているうちに、専門医のいる病院へ到着。

 

 

「良く見つけましたね。ちゃんと細胞をとって検査に出しましょう」と医師に言われ、「シコリ」を採取。

 

検査結果が出るのは1週間から10日ほどかかるとの説明を受け、その日はそのまま帰宅することになった。

 

 

 

「細胞検査」をしたことで、やはり、がんの可能性が高い気がした私は、車に乗り込むとすぐに電話を掛けた。

 

「もしもし。さらちゃん?」

 

かけた先の一人は、「いのちと心のおはなし会」でインタビュアーを務めてくれているさらちゃん

 

 

「はい!こんにちは!」

 

いつもの明るい声が返ってきた。

 

 

「あのさ。お願いがあるんだけど・・・」

 

 

「何ですか?」

 

 

「今ね、実は病院にいるの」

 

 

「病院?」

 

 

「そう。胸に「シコリ」を見つけて、検査のために細胞をとったんだ。

 

それでね。検査結果が出ないと、どんな病気かはわからないんだけど・・・

 

もし、私が子どもたちの遺したメッセージを伝えられなくなったら、私に代わってさらちゃんが伝え続けてくれる?」

 

―――以前、「この話は、美幸さんにしか伝えられない」と言っていたさらちゃんの声が頭をよぎった。

 

「ボクには無理です」と言われてしまうだろうか…と思っていると・・・。

 

 

さらちゃんは細かいことをまったく聞くことなく、ひとこと。

 

 

「わかりました。ボクでよければ」

 

 

「よかった!ありがとう!」

 

 

この瞬間、私の心の中にあるものは、「強み」でも「慣れ」でもないのだと気が付いた

 

私の心の中にあったのは、渓太郎が遺したメッセージ。

 

 

 

与えられた「命」は、ただただ感謝するもの。

 

私たちが自ら大切にできるのは、「生きること」。

 

 

 

それは、いくら「生きてほしい」と願っても、わずか1歳4か月で旅立っていった渓太郎が教えてくれたこと。

 

 

 

※数日後、胸の「シコリ」は、良性との検査結果が出ました。

 

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