『顔で笑って、心で泣く人』

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こんにちは。本当の愛と幸せを届ける講演家 中村美幸です。

ご訪問下さり、本当にありがとうございます。

このブログでは、小児がんを患った長男(渓太郎)との闘病、別れを通して知った「幸せ」や「愛」、「命」「生きること」について綴らせていただいています。

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『顔で笑って、心で泣いて』

 

渓太郎の寝顔を眺めながら、そんな言葉を幾度も思い出した。

 

 

 

小児腫瘍病棟での24時間付き添い看護生活は、働く看護師さんのすべてが見える生活でもあった。

 

健康だけが取り柄で、病院といえば外来でお世話になることくらいしかなかった私にとって、渓太郎が入院することになるまで、看護師さんといえば―――「医師のお手伝いをする人」。

 

 

しかし、渓太郎の付き添い看護をすることになって、私がそれまで見ていた看護師さんの姿は、決してその人の内面的なものではなくて、表に見せている顔に過ぎなかったのだと知った。

 

 

治療を重ねても、一向に良くならない渓太郎の病状に、やりきれなさを滲ませながら唇を噛む看護師さん。

 

 

衰弱した渓太郎の頭を、まるで生まれたての小鳥をなでるかのように、そっとそっと包み込む看護師さん・・・。

 

 

そして、渓太郎のいのちの期限が迫る中、飲まず食わずで付き添いをする私に「私たちは命を守るのが使命です。それは渓太郎くんの命だけじゃない」と言って、内緒で大量の野菜ジュースを差し出してくれた看護師さん・・・。

目に涙をいっぱい貯めたその姿に、(お願いだから、自分の命を守って・・・)という悲痛な叫びが聞こえてくる気がした。

 

 

(どれだけやりきれない想いを抱えているのだろう・・・)

 

 

何度もそんな気持ちが湧き上がる。

 

 

 

しかしきっと・・・。

 

 

 

看護師さんにとって、渓太郎の命が救えないことと同じくらい、やりきれない思いがもう一つあったはずだ。

 

 

私は何度もこんな言葉を聞かされた。

 

 

それも一人だけではなくて、何人もの看護師さんに・・・。

 

 

 

「私は渓太郎くんの家族じゃないから・・・。

 

お母さんの本当の痛みは、わかってあげられていないのだと思います・・・」

 

 

 

涙を貯めながら、まるで懺悔でもしているかのように・・・。

 

 

 

『顔で笑って、心で泣いて』

 

それが、渓太郎の付き添い生活の中で知った、看護師さんの姿。

 

 

 

去る9月8日、「長野県看護師協会大町支部」にて講演をさせていただいた。

 

「幸せに生きるために」というタイトルのあとに付けられたのは、看護師協会らしい副題。

 

~こどもの看取り”いのちの時間”の体験から~

 

 

私の一方的な想いなのだけれど、看護師さんに向けての講演は、ほんの少しでもご恩返しができる貴重な機会。

 

私を支えてくれた看護師さんの言葉、行動の数々をなるべく丁寧に、詳細にお伝えした。



それから控え室に戻り、お茶をいただいていると、私を講師として呼んでくださった役員の方が控え室に入って来て、涙を貯めながらポツリ・・・。

 

 

「毎日、毎日『本当にこれでよかったのか・・・』と葛藤する日々ですが、それでも今日、自分たちの想いをわかってくれている人がいると知り、本当に救われました』

 

 

その言葉を聞いた瞬間、あの時、何度も聞いた言葉が頭に蘇った。

 

 

「私は渓太郎くんの家族じゃないから・・・。

お母さんの本当の痛みはわかってあげられていないのだと思います・・・」

 

 

 

看護師さんは日々、真逆の位置にある二つの痛みと葛藤しているのかもしれない。

 

―――「わかってもらえない痛み」「わかってあげられない痛み」

 

 

 

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