闘病日記と化した「育児日記」を開くたび、ページの右端に書かれた「成長の目安」が目に入る。

 

 

「伝い歩きをしたり、高いところにあるものを背伸びをしてとろうとします」

 

「引き出しをあけて、中の物を取り出します」

 

「『マンマ』『ウマウマ』と食事の催促をしますか?」・・・

 

 

その度に、同じ時期に誕生した友人の子どもたちのことが頭に浮かぶ。

 

 

「今頃、彩ちゃんは伝い歩きをしているだろうな・・・」

 

「離乳食もそろそろ卒業かな・・・」

 

「家族でファミレスに行ったりしているのだろうか・・・」

 

 

 

外の世界を浮かべながら、入院当初と変わらず腕の中にいる渓太郎を見つめると、この病室だけ時間が止まってしまったかのように思えてくる。

 

 

 

病室で目覚め、病室の中で一日を過ごし、病室の中で眠りにつく。

 

 

 

それを何ヶ月も繰り返してきたのだと思うと、ふと、忙しく動き回っていたOL時代の頃が蘇った。

 

 

(あの時の自分から見たら、この状態を「無駄な時間を過ごす」と呼ぶのかな・・・)

 

 

あまりに横柄な言葉に苦笑した。

 

 

 

 

病気があるなしにかかわらず、無駄な時間を過ごしている人などどこにもいない。

 

 

 

 

渓太郎の命を繋ぐためだけに生きていた私にとって・・・

 

それでも命を繋げなかった私にとって・・・

 

 

生きていること自体が素晴らしい時間だ。

 

 

 

時間は決して誰かをおいてきぼりになどしない。

 

だから、置き去りにされることなど決してない。

 

 

 

誰もがみんな、ちゃんと自分の時間を刻んでいる。

 

 

 

 

~6/16(土)「いのちと心のおはなし会」@横浜みなとみらい が開催されます~

 

「生」と「死」と向き合い続ける生活の中で、渓太郎や一緒に闘病していた子どもたちから教えてもらったのは「幸せとはどこにあるのか」「愛とはなにか」・・・。

 

人の幸せは、置かれた環境や状況によって決まるのではなく、どんな状態であっても、心のあり方によって、最高に幸せな時間を過ごすことができるのだということを知りました。

それにより、過酷だったはずの私たちの闘病生活は、豊かで温かな幸せに包まれた時間へと変わっていきました。

 

 

少人数制のおはなし会です。

皆さんと近い位置で、幸せについて、愛について語り合えたら、そんなに嬉しいことはありません。

 

もしよろしければ、以下の詳細をご覧ください。

 

「いのちと心のおはなし会@横浜みなとみらい」

 

みなさんにお会いできることを心から楽しみにしております。