「先生。おかげさまで、幸せに暮らしています。」

 

電話の向こうの医師に向かって、明るく言うと

 

「いえいえ、とんでもない。あの時、お母さんが頑張ったからですよ」と医師。

 

 

 

当時腫瘍科部長として渓太郎を診てくれていた医師と会話をしたのは、4年ぶり。

 

 

 

穏やかで静かな語り口調はまったく変わらないけど、闘病していた19年前と違うのは、会話の中心に主人公がいないこと・・・。

 

 

 

(渓太郎は、もういない)

 

二人のあいだに流れる「暗黙の了解」

 

 

 

かつて会話の中心だった、渓太郎の病状に対する心配、葛藤、苦悩・・・。

 

当時はそれが、辛くて苦しくて仕方がなかったけれど、もう話す必要がなくなると、ただただ寂しさだけがこみ上げる。

 

 


「存在」とは、そういうものなのだろう。

 

 

 

その人との関係の中で生み出されるポジティブな感情も、ネガティブな感情も、本当はどれも尊いのだ。

 

 

 

もう心配や葛藤、苦悩の必要はないけれど、それを沸かしていた場所に今あるのは、空虚感。

 

 

「心にポッカリと穴があく」

 

 

よく聞くその言葉の意味を、身を持って実感する。

 

 

それと同時に・・・

 

 

そこが空っぽになったことで「唯一」という言葉も、身を持って実感した。

 

 

 

 

誰かを失って「ポッカリと穴があく」のは、誰もその穴を埋めることができないからだ。

 

 

誰もが、代わりのいない唯一の存在。