「明日も渓太郎と一緒にいられますように・・・」

 

それは闘病中に私が願い続けた、たった一つのこと。

 

 

普通の生活をしていたら、きっと私は…

 


いい学校に入って欲しいとか

 

スポーツで一番になって欲しいとか

 

なにかひとつでも得意なことを身につけて欲しいとか

 

安定した会社に入って、お金に不自由しない生活を送って欲しいとか・・・

 

そんな願いでいっぱいになっていただろう。

 

 

だけど・・・

 

 

私視点の期待をすることや、他の子との比較のできない(…しようもない)生活は私に、渓太郎と本当に向き合うとはどういうことなのかを教えてくれた。

 

 

「渓太郎の存在そのものに目を向ける」

 


それができたとき、最後に残るのは

 

「与えられた命への感謝」だった。


そして・・・

 

「与えられた命」に感謝してもらうことができたとき、人は限りなく自由になれることを教えてもらった。

 

 

いま思うと…


私があの時、「ここでの経験を多くの人に伝えたい」という夢を持てたのは、「命への感謝」に溢れたあの病棟の中にいたからなのかもしれない。


 

これまで想像したこともない夢を持つことができたのは、私の心が自由だったからなのだと・・・。