2冊目の出版に向けて原稿を書いては消し、書いては消しを繰り返していると、なぜか行き詰まるたびに頭に浮かぶ「渓太郎」という名前の由来。

 

 

【渓太郎の『渓』は渓流の『渓』。はじめは細い渓流も、やがてはいくつもの川がつながって大河となり、ゆくゆくは果てしなく広い大海となるように・・・。この子も未来に向かって大きく羽ばたいて欲しい。】

 

 

そんなことを繰り返し考えていると、ふと・・・

 

「渓ちゃんはあっという間に大海にたどり着いちゃったね。もっとゆっくりでよかったのに・・・。」と、本音がこぼれた。

 

 

 

頭の中に浮かんだ、渓流から大河への流れ。

 

そして、大海へと続く水の動きを眺めていたら・・・

 

川の淵に一粒の水しぶきが見えた。

 

 

その一滴がポチャンと川の中に落ちた、その時・・・

 

 


「私は、渓太郎の人生の中に落とされた一滴だったんだ。

自分の人生の中に渓太郎が生まれてきたとばかり思っていたけれど、私は渓太郎の人生の中に登場させてもらったんだ、母として・・・。」

 

 

渓太郎の人生に登場させてもらったことで、私はこれまで見たこともない真っ暗な闇や、激流を経験した。

 

そして、逆らえない大きな流れの中で、いつの間にかたどり着いた果てしなく広い海。

 

私はそこで、「人は大きなものの一部である」ということを、やっと腑に落とすことができた。

 

それは、決して一人では受け入れることができない大切な人の死を許せた瞬間。

 

 

私との別れを怖がることも、嫌がることもなく静かに目を閉じた渓太郎を思い出していたら、「大きなものの一部として生まれ、大きな場所へと帰っていくこの自然の流れに、一喜一憂しなくてもいいんだよ」と言われている気がした。

 

 

「与えられた人生に、恐ることはなにもないよ」・・・と。