渓太郎の病気がわかってまもなくの頃。

 

 

 

「渓太郎がもっと昔に生まれていたら、病院に入ることもなかったんだろうね。

 

治療してもらえるだけでも感謝しなきゃね・・・。」と、お見舞いに来た親戚がなにげなくつぶいた。

 

 

 

 

 

(治療してもらえるだけでも、感謝か・・・。)

 

 

 

なんとか前を向きたかった私は

心の中にありそうな感謝のもとを必死に探した。

 

 

 

 

入院させてもらえるだけでも感謝・・・。

 

我が子のように渓太郎を思ってくれる先生にも感謝・・・。

 

そして、

 

渓太郎が生まれてきたことにも・・・。

 

 

 

 

 

だけど・・・

 

 

 

 

必死になればなるほど湧き上がってくる罪悪感。

 

 

 

 

 

親の勝手な決断で治療をさせてしまって、ごめんね・・・。

 

健康に生んであげられなくて、本当にごめん・・・。

 

もしかして・・・

 

渓ちゃんを生まない方が良かったのか・・・。

 

 


 

 

 

本当は・・・

 

感謝するより泣きたい。

 

叫びたい。

 

怒り狂いたい。

 

 

 

 

 

今にも爆発寸前だった感情は、「感謝しなきゃ」という負荷がきっかけとなって、何十倍にも膨れ上がった。

 

 

 

 

 

そしてとうとう・・・

 

 

 

 

 

 

本音を言えば、神様だって恨んでる!

 

バチが当たってもいい。

 

感謝なんて、できるか!!

 

 

 

 

 

 

枕に顔を押し付けて、誰にも言えない本音を何度もなんども叫びだした。

 

 

 

 

 

 

 

すると心の中から

 

(そりゃ、そうだよ・・・。)という、もうひとりの自分の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

私の全部をわかってくれる味方を見つけた私は、

それから、喉元まで湧き上がっていた思いをすべて吐き出した。

 

 

 

 

 

神様になんて嫌われてもいい。

 

殺すなら、私を殺せ!!

 

ふざけるな!

 

 

 

 

 

封じ込めていた重くて苦しい思いが、枕にどんどん吸収されていく。

 

 

 

 

 

 

 

もう吐き出す力もなくなるくらいクタクタに疲れて、枕に顔を押し付けたままにしていると、

 

左の耳にバタン、バタンという小さな音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

そのまま顔だけ少し横にむけてみると、

 

渓太郎が両腕をバタバタと動かして、ご機嫌なようすでひとり遊びをしていた。

 

 

 

 

 

「あ・・・。渓ちゃん、ごめん、ごめん。」

 

 

そう言いながら小さな体を引き寄せると、愛おしい気持ちが全身に広がった。

 

 

 

 

 

「渓ちゃん、おりこうに遊んでいたの。ありがとね。

 

渓ちゃん、かわいいね。」

 

 

 

 

 

 

無意識にこぼれた「ありがとう」に、心の中がふわっと暖かくなった。

 

そして、もう・・・

 

自分の心をいじるのはやめようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

だって、きっと・・・。

 

 

 

感謝は強制するものではなく、湧き上がるもの。

 

そして

 

心はコントロールするものではなく、感じるもの。