月2回お手伝いさせていただいている精神科病院内にある「リラクゼーション サロンcle」でのこと・・・。
その日は、歩くことが困難な田中さん(仮名)のため、病棟に伺ってヘアカットをすることになった。
看護師さんに案内してもらいながら病棟の中に入ると、まもなくして廊下の向こうから田中さんがやってきた。
すると、準備しておいたイスに座った途端、田中さんがいきなり真っ白な壁を指差して声をあげた。
「キレイね~!お花がいっぱい!ほら!」
「・・・はい。お花ですね。」
肯定も否定もせず、私が静かに答えると、田中さんはもっと感動して欲しかったのか
「ねえ!見てみて、こんなに咲いてる!!ほら!!」と、さらに声を大きくした。
(見えないのに、見えているフリをしていいのだろうか・・・)
そんなことを思いながら、また「お花・・・はい。」と答えると、その後はうっとりとした顔をして独りでつぶやき続けた田中さん。
「キレイね~。こんなにたくさん!あっ!あっちにも、こっちにも・・・。」
瞳をキラキラと輝かせてつぶやくその表情を見ていたら、ふと、疑問が湧いてきた。
田中さんが、ないものが見えているのか・・・。
それとも
私が、見えていないのか・・・。
田中さんの傍らでそんなことを思っていると、心の中から少しずつ答えが見えてきた。
そこにあるかないかではなく、田中さんには見えているということ。
そして、
私にはそれが見えないということ。
そんな目の前の事実をただ真っすぐに受け止めることなく、私は正解を求めていたのだと・・・。
そして、
自分が正しいと思い込むことで、田中さんを不正解だと決めつけていることに気がついた。
それから、ただ真っすぐ事実を受け止めたら、やっと淀みのない言葉がこぼれた。
「いいな~!キレイなんですね!」・・・と。
住んでいる星は同じでも、生きている世界は一人ひとりちがう。
だからこそ、心と心を繋げるためには
理解することよりも、認めることのほうが大切なのだと気がついた。
私も・・・
身体をもたいない渓太郎の声が聞こえる。
話ができる。
それはきっと、私の世界だけのこと。