渓太郎の小さな胸が打つ一回一回の鼓動が、どれほど貴重なことなのか。

 

朝を迎えられることが、どんなに素晴らしいことなのか。

 

一緒に生きている一分一秒が、どんなに奇跡的なことなのか・・・。

 

 

 

 

それを私に教えてくれたのは

 

なんの前触れもなく、突然現れた過酷な現実。

 

 

 

 

それは、選択の余地なく

 

ただただ受け入れるしかなかった大きな試練。

 

 

 

 

 

もし渓太郎を産む前に

 

 

我が子にがんがあるとわかっていたら・・・

 

一年後、別れが待っているとわかっていたら・・・

 

なにより、

 

我が子に苦しい抗がん剤治療を強いるようになるとわかっていたら・・・

 

そしてもし私に、

 

それを 背負うか 背負わないか という選択肢が与えられていたとしたら・・・

 

 

 

 

 

自分が選んだであろう道を想像すると、胸の奥がギュッと苦しくなる。

 

涙があふれる。

 

 

 

その痛みは、

 

渓太郎のハア、ハアと苦しそうな顔を思い出すより、ずっとずっと深くて切ない。

 

 

 

 

大きな試練が

 

なんの前触れもなく、突然現れてくれたことに感謝がしたい。

 

 

 

 

 

 

試練は押し付けられたのではなく、与えられたもの。

 

試練は降りかかったのではなく、舞い降りてきたもの。

 

 

 

 

だからこそ試練は

 

いつか必ずギフトに変わる。