Alta 35の調査 | 見よう見まねのブログ

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Alta 35は1957年09月発売のLeica III型(1933年)コピー機です。

国産では一番最後に登場したブランドですが、さすがに時代遅れの仕様なので、低価格とは言え1年未満で市場から消えました。

 

因みに、1954年のLeica M3ショックを受け、各社からM3対抗機種が続々発売されました。

1954年 Nikon S2

1956年 Canon VT

1957年 Tanack SD、Melcon II (いずれも前機種はLeica III型コピー機)

1958年 Nicca IIIL、Minolta 35IIB

1959年 Honor SL、Leotax G(発売前に倒産し、1961年に債権者が部品を組み立て発売)

 

千代田商会がChiyotax IIIF販売から手を引いたので、三鈴光学工業が引き継ぎ、マイナーチェンジをしてAlta 35として発売。

製造元のライゼカメラ(Reise Camera)、別名、ライゼ光学の詳細は不明です。

 

Chiyotax IIIFとAlta 35の比較表です。以下、項目毎の比較です。

 

■外観、シックロ接点

シンクロ(Sync)接点が、(左)Chitax IIIFはFP1個のみ。(右)Alta 35はM(FP)とXの2個。

 

■シャッターダイヤル

Chiyotax IIIF。

Alta 35。一部、初期のものに"30-1"があり。

 

■巻き戻しノブ頭のフィルム表示版(Film Indicator)

(左)Chitax IIIF。(右)Alta 35。

 

■標準レンズ

1957年09月発表時は、Altair 50/3.5(27,500円)とAltair 50/2(35,000円)でしたが、

実際に発売されたのは、全てAltanon 50/2(35,000円)付のようです。Altanon 50/3.5付は今回確認できず。

1958年06月の広告では、Altanon 50/2(35,000円)付しか掲載されていません。

 

■製造番号(Body)の調査結果

Bodyは#70029〜700626。従って、約600台製造と推定。頭の"7"は1957年製造を示す。

各100番台があり、欠番は無く連続しています。

 

■Lensの製造元

当時の50/2レンズはNikon、Topcor、Rokkorがありますが、外観が異なります。

田中光学のTanack IVS用Tanar 50/2が、

Altanon 50/2と瓜二つです。恐らく、Tanar 50/2のOEMでしょう。

 

■Lens(Altanon 50/2)製造番号の調査結果

#170031〜17690。従って、約700本。Bodyと差異が100あり。Body同様、1+"7(1957年製)"+連番の番号体系。

Bodyに80,xxxx、Lensに18,xxxが無いので、製造は1957年末で終了した可能性があります。

Chiyotax IIIFの月産が約100台。Alta 35も同程度で、1957年後半のみの製造で約600台。製造番号からの推定台数と合致します。

売れ行き不振なので、在庫解消のため広告期間が長かったのでしょう。

 

白銅鏡は製造番号の頭が"Y" or 記号無し。黒銅鏡は製造番号の頭が"M"で区別できます。

製造番号は、当初6桁(#170031〜170227)。300番台以降は5桁。

100番未満は頭がYは白鏡筒、Mは黒鏡筒。100番台は今回確認できず。

200番台は全て頭がMで、黒鏡筒。

300番台は頭の記号が無く、全て白鏡筒。400番台は確認できず。

500番台は5桁で、頭が全てMで、黒鏡筒。

600番台も5桁で、頭が全てMで、黒鏡筒。

 

因みに、アルタ(Alta)を冠する商業施設が多いですが、サンスクリット語や仏教で「富」を意味することが語源でしょうか。

残念ながらAlta 35は商業的には失敗作でしたが、Leica III型コピー機としてカメラの歴史に名を残しました。

 

クラシック遅きに失し富を得ず