巴里の空の下❹ | 美夕の徒然日記。

美夕の徒然日記。

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「 フランソワーズ、珍しいなあ!恋人と一緒とは!」

  オペラ座近くのカフェ.ド.ラペという店に入ったジョーとフランソワーズを、マスターが驚きの声を上げた。
 マスターは笑みを浮かべながら、二人を見ていた。
 そして、ジョーの顔をまじまじと見つめた瞬間、マスターはより一層、驚きの表情を浮かべた。

「 ムッシュ…!まさか、あのF1ドライバーのジョー島村かい?こりゃー、驚いた!フランソワーズの恋人がジョー島村とはねー!
フランソワーズ、いつの間に、こんな素敵な恋人を…?ふふふ!」

 マスターに見つめられ、フランソワーズは思わず頬を赤らめ俯いてしまう。

「 マスター…。あたし達、恋人同士じゃ…」

そう、フランソワーズが答えようとした時、ジョーはフランソワーズの方を向き、優しく微笑んだ。

「 僕は少なくとも、君のことをかけがえのない人だと思っているよ、フランソワーズ…」

 ジョーのその一言を聞いた瞬間、フランソワーズは思わず、顔を上げ、ジョーを見つめた。

「 ジョー…。」

一瞬、二人の視線が絡む…。
その時、フランソワーズの脳裏に様々な思いが駆け巡った。
それは初めて出会ったあの日から、今日に至るまでの出来事…。
  思えばあの日、大きく運命を変えてしまった。否応なしに戦火に身を投じる日々の中で、ジョーはいつも身を呈して庇ってくれた…。
 どんなに辛い日々も、ジョーと共に居たからこそ乗り越える事が出来たのだ。

「 それは…あたしも…」

フランソワーズがそう言いかけた時だ。
マスターが笑みを浮かべながらジョーとフランソワーズの背中を押した。

「 さあ!こんな所で立ってないで中へどうぞ…!」

 マスターに促され、ジョーとフランソワーズは店の中へと入って行った。
  二人は一番奥の席に案内されると、静かに腰を下ろした。

「 さあ、二人とも、ゆっくり過ごしてくれよ!」
そう声をかけると、マスターは厨房の方へ姿を消して行く。
  テーブルを囲んで、ジョーとフランソワーズは向かい合うと、少しはにかんだ笑顔をお互いに浮かべた。
 フランソワーズは思わず、頬を赤らめ、俯いてしまった。
 そんな彼女を、ジョーは優しく微笑みながら見つめた。
しばらくして、ジョーが口を開く…。

「 フランソワーズ。今夜の舞台は本当に素晴らしかった…。君のオデット、そしてオディールは綺麗だったよ。」

 そう言いながら、ジョーは更に微笑みを浮かべた。その笑顔は少し照れ臭そうだった。

「 ありがとう、ジョー。誰より、あなたに観てもらえて、嬉しかった。」

  戸惑いがちに顔を上げると、フランソワーズはジョーの顔を見つめる。
優しく微笑みを浮かべるジョーの顔を見た瞬間、フランソワーズは胸が熱くなるのを覚えた。
こんなにも穏やかで、優しく微笑むジョーを見るのは恐らく初めてだった。

「 こうして、あなたに逢えて、本当に良かった。」
そうジョーに伝えるのが精一杯だった。
   どんな言葉を伝えて良いのか、フランソワーズには分からなかった。言いたい事かがたくさんあるのに、どうしても言葉にならなかった。
 そんな自分が、フランソワーズにはもどかしかった。
   それはジョーも同じ事だった。フランソワーズに逢ったら…。自分の気持ちを告げよう。
心から愛していると…。そう、心に決めていた筈だった。けれども、心のどこかで、迷いが生じ、それがジョーを思いとどまらせていたのだ。
  舞台の上で美しく舞うフランソワーズを観た時、彼女にとって、本当の幸せは、バレエを…そう。踊ることではないだろうか。
自分と共に生活を共にしてしまったら、若しかすると、再び、戦いに巻き込んでしまうのでは…?
そんな思いがジョーを苛まれていた。
  しばらくの間、二人を沈黙が流れる。
そんな時だ。

「 おいおい、二人とも、どうしたんだ?せっかくのパリの夜を、そんな湿っぽい顔をしていたら勿体無い。」

マスターが二人のテーブルに料理とワインを運んで来た。
そして、グラスをテーブルに置くと、マスターは静かにワインを注いだ。

「 マスター、これは…。ワインは注文してないわ。」

驚くフランソワーズに、マスターはニコリと笑みを浮かべる。

「 これは、私からの奢りだよ、フランソワーズ。そしてムッシュジョー島村。
お二人さんの様子からすると、どことなくぎこちない…。理由は知らないが、兎に角、グラスを傾けたら、きっと、気持ちが和らぐ。そうしたら
ぎこちない気持ちも…。さあ、ゆっくりと過ごしておくれよ。二人の夜に乾杯だ!」

 そう、言い終わると、マスターは二人に微笑みながら少しの間、見守ると、再び厨房の方へと消えて行った。
  
「マスターったら…。」

マスターの姿が見えなくなるまで、フランソワーズはずっと彼の後ろ姿を見つめていた。
そうしながら、彼女は穏やかな気持ちに包まれていくのを覚えた。
マスターの、心遣いが本当に嬉しく思えてならなかった。
 やがてマスターの姿が見えなくなると、フランソワーズは少し恥ずかしげにジョーの方に顔を向けた。

「 ジョー…。」

頬を赤らめ、フランソワーズは笑みを浮かべる。
その笑顔はジョーが見たこともないほど、可憐で美しい笑みだった。

「 フランソワーズ…。 」

彼女のその微笑みに、ジョーは胸が熱くなるのを覚えた。それは今まで感じたことのない強くも熱い想いだった。 
ふと、ジョーの脳裏にフランソワーズと踊っていたパートナーの男性の姿が浮かんだ。そして、ファン達の噂話も思い出され、一瞬ジョーの顔が曇った。
それをフランソワーズは見逃さなかった。

「ジョー?どうしたの?」

少し不安げにフランソワーズは尋ね、ジョーの顔を見つめた。
不安げな彼女の瞳に、ジョーははっと我に返り、
笑顔を浮かべた。
そうしながら、ジョーは思った。フランソワーズを誰にも渡したくはないと…。

「 何でもないよ、フランソワーズ…。それより
せっかくの料理が冷めてしまう。頂こう…。」

「 ええ…ジョー。」

二人はどちらともなくワイングラスを持ち、傾けると乾杯した。
そして同時にゆっくりとワインを飲み干した。
  
「 ジョー…。こんな時間は本当に初めてよね?
何だか夢のようだわ。」

グラスをテーブルに置くと、フランソワーズはしみじみとした口調で言う。
 心から彼女はジョーと過ごすこの時間を幸せだと、そう感じていた。

「 あたしね、ずっとこんな日が来るのを夢見ていたわ。いつか、戦いが終わったら、あなたと穏やかな時間を過ごしたい…。そう思っていたわ。」
   
 フランソワーズの口から自然と言葉が溢れる…。
それは彼女の素直な気持ちであり、ずっと胸に秘めていた想いでもあったのだ。
  先程まではどうしても自分の気持ちを素直に伝えることが出来なかった。
ワインを呑んだせいだろうか…。少しづつ、気持ちが解れていくのを、フランソワーズは感じていた。
   彼女の言葉に耳を傾けながら、ジョーもまた気持ちが解れていくのを感じていた。

「 フランソワーズ…。それは、僕も同じだ。いつか戦いが終わったら…
君とこんな風に穏やかな時間を過ごしたい。そう願っていた…。」

 そう言いながら、ジョーは愛おしげにフランソワーズを見つめる。その瞳は強くも優しかった。
  
「ジョー…。あたし…。」

ジョーのその言葉と優しい眼差しに、フランソワーズは胸がいっぱいになり、言葉に詰まってしまい、俯いてしまった。
 次第に目頭が熱くなるのを覚えるフランソワーズの脳裡に過ぎ去った様々な思い出が走馬燈のように駆け巡って行った。
 辛く悲しい事もあった。けれども、ジョーのこの言葉で、フランソワーズは辛かった出来事が報われた気がした。
  薄らとフランソワーズの目蓋に涙が滲み出る…。その涙がフランソワーズの全ての気持ちを
物語っていた。

「 馬鹿ね…。こんなに幸せなのに…。それなのにあたしったら…」

フランソワーズは慌てて指で零れ落ちそうになる涙を拭う。それでも涙が次々と彼女の頬を涙が伝う…。

「 フランソワーズ…。」

ジョーはジャケットのポケットからハンカチを取り出すと、フランソワーズの頬を伝う涙をそっと拭った。

「  ありがとう、ジョー…。」

フランソワーズはジョーに向かって笑みを浮かべた。
  
「 君の…その笑顔が、一番好きだよ、フランソワーズ。君にはやっぱり笑顔が似合う…」

呟くようにジョーは言う…。それは彼の正直な気持ちだった…。今までもどれだけフランソワーズの暖かい笑顔に勇気づけられて来たことだろうか。
出来ることならば…このままずっと…。いや、いつでもフランソワーズの笑顔を見ていたい。
そう…。辛いことも楽しい事も全て分け合って暮らして行けたら…。
  心の中でジョーはそう願わずにはいられなかった。