亡くなった息子は喋れなかったし、起きているあいだは一時もじっとしていられない子だったけど、私に何かをしてほしいときは違った。

 

真正面に立ち、両手をあわせてお辞儀しながら、訴えてくるのだ。いつもは合わさない視線もこちらに向けながら。

 

その必死さが愛しくておかしくて、私はつい聞いてしまう。何がほしいの?と。何も言えなくても、息子が私に望んでいることはわかっているのに。

 

 

 

最近、めったに見ることのてきなかった笑顔を思い出すようになった。長い指も、細いうなじも。

 

まるですぐそばにいるかのように感じるときもある。

 

そういうの信じないんだけど、たしかに感じるのだ。

 

 

今、聞こえてくるのは、県道を走る大きなバイク、首振り機能が壊れかけている扇風機、古いシーリングライトのじーじー、という音たち。

 

台風が去ったあとの夜の風は生暖かい。

 

心の中がグチャグチャな時には、こうして、今思うことをありのままに書いてみるのが一番落ち着く。

 

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