最初にワークショップを受け入れてくれたのは宮城県の多賀城市でした。多賀城市は市内の3分の1が津波で浸水しており、多くの方が避難所生活を余儀なくされていました。僕らが向かった先は当時避難所になっていた天真小学校で、高台にある見晴らしの良い学校でした。

 前の晩に勇人と東京を出て徹夜で運転してようやくたどり着いた時には、すでにワークショップ開始1時間前、あわてて準備をします。しかし僕の心にはいまだ不安が渦巻いていました。

 

「はたしていま子供たちに絵を描いてもらうことはいいことだろうか?」

 

 僕が震災直後に避難所に行った時、大人たちは家の片付けに手一杯で、残された子供たちは無言でただゲームをしていました。彼らと一緒に絵を描けば少しは気が晴れるんじゃないか?と思いこのワークショップを計画したのですが、

 

「こんな状況で絵を描こうなんて、非常識かもしれない」

 

という考えはまだ心のどこかに残っていました。

受け入れをしてくれた市役所の方が声がけをしてくださり、すでに30人ほど子供たちが集まってくれていました。仙台から福井君も駆けつけてくれ、勇人と3人でワークショップを行うことになりました。自己紹介をして、早速ワークショップを開始します。まずは「オンリーワンゲーム」という、僕がいつもやっている発想スケッチゲームをやります。緊張気味だった子供たちも少しずつほぐれていき、笑顔も見えるようになりました。ここで共同制作をするために、見晴らしのいい教室の方へ移動しました。

 

 

ワークショップの様子

 

 ワークショップ用の教室からは多賀城市が一望できました。しかしそこからの風景は津波の爪痕がはっきりと見え、痛々しいものでした。僕はこの教室から見える風景を、子供たちの発想で明るく希望のある絵にしたいと思い、子供たちに好きな色の絵の具を渡して、思い思いに描いてもらうことにしました。しかし想像以上に人数が多かったこともあり、途中からコントロールが出来なくなり、気づけばカラフルな色は混ざり、濁り、ただの灰色の風景になっていました。。。

 ふと、ある子供がこうつぶやきました

 

「・・・がれきの街みたい」

 

ドキリとしました。

 

 子供たちに明日の朝、完成の絵を見せるよと伝え、僕ら3人で絵を仕上げることにしました。しかしさっきの子供の言葉が頭から離れません。彼らを元気づける絵を描きに来たのに、その逆の絵を描いてどうするんだ!とかなり動揺してしまいました。。。すぐに絵の補正に取りかかりますが、なぜか明るい絵にしなければと思えば思うほどそうはならず、時間だけが過ぎていきます。。。10時間以上ぶっ通しで作業をしていたのですが、前日も一睡もしていないため意識がもうろうとしてきました。ついには明け方になり、福井君が重い口を開きます。

 

「・・・これは、まずいんじゃないかな?」

 

はっと我に返ると、子供たちが描いたグレーの街がそのまま残っていました。。。

 

福井君が指摘するまでこの状態でした。。。

 

 これが震災後初めて描く大作だったのですが、もしかすると僕自身被災地で受けたショックを引きずっていたのかもしれません。絵は描く人の心を表すと言いますが、その時の僕はどうやってポジティブな絵を描いていいか本当に分からないぐらい気持ちが落ち込んでいました。しかし約束の時間までもう時間がありません。思い詰めている僕を見て、勇人が

 

「大きくサッカー場を描こう!」

 

と言いました。とにかく前に進むしかないというメッセージでした。頭を切り替え、そこから一心不乱に絵を描きました。つかれと寝不足で頭がぼーっとしていましたが、描けば絵は進んでいきます。震災の被災地が復興していくように、灰色だった街がカラフルになるにつれ、重かった僕の心も少しずつ晴れていきました。

 

少しずつカラフルに

 

 約束の9時になると参加してくれた子供たちや避難所の方々が集まってくれました。何とかギリギリで完成させることができ、お披露目会に間に合いました。描き込みはもう一つだったけど、僕にとってとても大切な絵になりました。そして絵を見た子供たちは本当に喜んでくれ、一緒に完成を喜ぶことが出来ました。徹夜で作業を手伝ってくれた勇人と福井君も、ホッとした様子で一緒に達成感を共有できました。

 

 この絵は今後のテーマとなる「Super Happy」のきっかけとなる一枚だった気がします。人をハッピーにする絵を描きたいなら、その要素は100%ハッピーであるほうがいいし、また描く本人がポジティブな気持ちで描かなければならない。まして絵で人を元気づけたいと思うなら、生半可な覚悟で描いてはダメなんだと気がつきました。

 

 

完成した絵の前で記念撮影

 

 多賀城市では本当に素晴らしい出会いがたくさんありました。避難所にお邪魔しているのに、物資がない中差し入れを持って来ていただいたり、またしても自分より厳しい環境にいる人に多くのことを気づかせてもらう経験になりました。

 

現在も天真小学校にこの絵は飾ってあります。多賀城の方々とは今も交流があります!