統計学と「からだ」の間によこたわるモノ⑪…統計学と占いの違う所
統計学と「からだ」の間に横たわるモノ⑩…統計学が利用されるほど占いは広がる?の続き~

 


前記事と前々の記事で占いと統計学は似ていると書きました。

けれども、反対に
占いとはこんな部分がちょっと違うなあ
と感じる部分もあります。


【統計学は、最後の着地点まで一人ひとりの日常感覚に戻ってこない】

ということです。比喩的に言えば、
統計学は空に飛び上がったままなかなか降りてこないなあ

―という感じです。


占い師は、
こちらからのぞく(確める?)ことすら出来ない世界へ
高く飛び上がっていたとしても、
最後の最後は、目の前の占われる人の前に戻ってきて、
その人の「からだ」の感覚の中に着地点を探します。

占われる人が動きたい方向へ、
日常生活の中の体を動かしていく方向へと誘います。

(もちろん、良くも悪くもでです)

対して、
統計学者や学者は、
なかなか地面に降りてきません。
統計の結果が示す一般論を解説して、
こうすると○○になる可能性が××パーセント上がります
とは言います。

けれども、
あなたにとって、
こういう方向性で「からだ」を導いていくことは、
あなたの目的や存在理由にとてもかなったことです

―と背中を押してくれることはなかなかありません。

恐らく
統計学者や学者さん達は
そこまで言うのは言い過ぎなのだ
―と考えているのだと思います。

一般論として言えるのはここまでです。
そこから先は個人個人の価値観や状況によるはずです。
自分で行動して考えて下さい

ーということです。

統計学者さんや学者さんには
【個人個人の状態にまで口を挟むのは良心的ではない】
という積極的な理性も働いているように思います。

なぜなら、
統計学が取り扱っている対象は、
一人ひとりの個人的な事ではなく
沢山の人が動いたり選択した後に
残る残像のようなもの
だからです。

そこから、
一人ひとりの意志や価値観
個別の置かれた状況などに立ち入ることは
統計学の正確からいってとても難しい
のです。

残像の世界から、一人ひとりの状態へ
割り込んでいくのは、
統計学者さん達の感覚としては
「ちょっと詐欺っぽい」感じのすることなの
だと思います。

 

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