介護という仕事をして15年、介護の「介」の字の意味を今日知ったミヤタです(/ω\)

 

介護の「介」の意味知ってますか?

 

介護の「介」は・・・

 

ドイツ語のVermittlungという言葉から来ているようです。

 

 

「Vermittlung」をうまく日本語に訳せなくて、やむなく「媒介」という言葉をあてたようです。

 

 

「媒介」というと「蚊」が連想されるのは私だけでしょうか。笑

 

 

 

「媒介」とは・・・

 

「他のもの(=介護者)を通して、あるもの(=主体としての高齢者)を存在せしめること」

 

 

 

 

これが介護の「介」の意味だそうです。

 

 

 

 

 

つまり高齢者が自分の身体と人生の主人公になるために、私たちが自分を媒介する!

「きっかけ」にすること。

 

 

高齢者が主体、介護者は高齢者にとっての手すりや杖です。単なる杖ではありません。

 

 

「介護者は考える杖である」(介護のススメ!三好春樹著)

 

 

三好春樹さんの本、たくさん出ていますが、とても読みやすいです。介護以外でも気づきがたくさんあると思います。

 

 

 

 

 

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

 

「自分のコミュニケーションの見つめなおし方」についてです。

 

 

 

先ほども書きましたが、私はずっと医療・介護の仕事をしています。

 

 

 

介護の仕事は9割が他者とのコミュニケーションです。ご利用者とも一緒に働く職員とも。

 

 

 

 

私は介護を仕事にする前、高齢者が苦手でした。

 

 

 

 

 

というか一方的に超超超嫌いでした。笑

 

 

 

 

 

「動きは遅い」「何をするにも時間がかかる」「何度も同じことを言う」

 

 

 

 

相手の理由も知らないで一方的に嫌っていたんですね。

 

 

 

 

でも介護をすることになり、毎日伝えてくれる「ありがとう」が嬉しくて、

 

 

 

 

 

介護も高齢者も好きになって、今に至るわけですが、

 

 

 

 

 

介護をしていて、身についたコミュニケーション技術があります。

 

 

 

 

それは、毎日毎日、仕事で、干支4周くらい違う人や認知症の人、日常生活が一人では困難な人など、「異文化」と関わり続けたから身についた考え方です。

 

 

 

 

介護の現場では世間一般がいう「異常」を「異常」と考えていたら仕事になりません。

 

 

 

 

「考える杖」になるには、相手を尊重したり、相手に興味を持ったり、「異文化」を受け入れる必要があります。

 

 

 

自分にとっての「当たり前」だけ押し通していたら仕事にならない環境で生きてきたので、以前、高齢者が苦手だった自分のように、異常を異常と考えるのではなく、「そういう人もいるんだ」と自分勝手に相手に関心をもって「なんでそう思うの?」って「異常」を「異文化」として関われるようになっていたことに気がつきました。

 

 

 

一般的にはどうしていいかわからない障害を抱えた人との関わり方を無意識に肯定的に受け止める癖がついていました。

 

 

 

 

自分と違う世界を「異常」としてではなく、「異文化」としてとらえるようにする。

 

 

 

 

相手が「異常」と考えてしまうと、反対に自分は「正常」と考えてしまいがちです。

 

 

 

こうなると興味が湧くどころか、排除しようとか、治療しなくてはと考えてしまう。

 

 

 

 

相手が「異文化」と考えると、相手から見ればこちらも「異文化」と考えられ、

 

 

 

 

当たり前の見方や感じ方を疑ってみるという、自分を相対化することができます。

 

 

 

 

これらを自分の言葉で伝えられるともっとコミュニケーションが楽しくなります。

 

 

 

 

介護は人の多様性を取り戻せる仕事。

 

 

 

 

学校の学年やクラス分け、偏差値、年収、性別、趣味嗜好などなど、秩序化されたつまんない国に生きたくない。

 

 

 

 

異文化を意識することが自分のコミュニケーションを見直すきっかけになると思います。

 

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます(^_-)-☆

 

 

 

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