Twilight Express 瑞風 / 広島草津八幡宮境内より
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5月の最終日曜日です。
毎月最後の日曜日、恒例のトワイライトエクスプレス瑞風。
今日の写真は、広島草津八幡宮の境内から、M字カーブを行く瑞風を、俯瞰撮影してみました。
戦国時代後期には草津城の城下町として栄え、江戸時代になると寺社町そして漁業の町として、広島藩を支えました。
元々は古代に、神武天皇が東征の際に仮皇居が建てられ、しばらく滞在されたことから始まった集落。
そこへ仲哀天皇の治世に、神功皇后が熊襲征伐の際に、徴兵試験のために滞在されたことから、力箭山の名前が付き。
軍船が停泊していたことから居軍津 → 軍津 → 草津と地名が変化して、この町は誕生しました。
その力箭山へ鎮座するのが 草津八幡宮です。
冒頭と2枚目の写真ですが、踏切の向こう側に小さく石燈籠が•••••••,見えにくいですが見えるんです(笑)
そこは幸神社があって、道祖神 猿田彦(さるたひこ)命が祀られています。
そして現れる白壁と小豆色のトタン屋根の、横に長い建物は小泉酒造という、草津の地酒を作る酒蔵です。
元々は毛利家の重臣でしたが、萩転封の際に同行せず、厳島神社酒造所として江戸時代初期から操業している、老舗の酒蔵です。
3枚の中の3枚目ですが、弧を描いて建っているのは″迎賓館兼日本酒文化情報研究館「みゆきギャラリー」″です。
写真には写らないのですが、手前の三連の建物との間が、西国街道となっています。
尚、 みゆきギャラリーへお越しの際は、予約制なのでご注意くださいね。
そして、″みゆき″とは″御幸″というブランドの清酒から名づけられているのですが、ここを流れている川が御幸川であることから命名されています。
明治天皇が御巡行の際に、小泉家へご滞在されたことから、みゆきギャラリーの入口横に元々記念碑があって。
神武天皇・仲哀天皇・神功皇后の伝承と故事、そして明治天皇の縁の場所として河川の名称であり、ブランド銘酒のネームとなっています。
さて、瑞風が通過している踏切ですが、あそこが私がよく撮影している仙洞第1踏切で、あの道から線路の切通しの間が、古代では入江となっていました。
それは古地図や地質調査で証明されている存在ですが、恐らく大きな軍船は沖へ停泊し、入江にはカッター(艀舟)で、渡られていたと推測されます。
尚、山陽本線の切通しのある山は、力箭山の右袖の元 半島で、草津城があったことから城山と呼ばれています。
と、トワイライトエクスプレス瑞風の写真でありながら、郷土の話題で終わってしまう記事となりましたが、前回の″はなあかり″の記事と合わせてご覧頂けると幸いです。
さてこの白飛び写真(爆)
草津八幡宮の境内から撮影した瑞風と、同じ日に撮ったんですよ。
瑞風、これまでも説明していますが、1度山口方面へ早朝に下った後、西広島まで上ってきて時間調整でしばらく停車します。
そして再び山口方面へ下って行くのですが、その西広島へ上る瑞風です。
その数日前に撮った、三日月と木星と金星の並びの写真•••••••,の設定のまま、カメラは放置され。
その設定のまま撮ったので、このような残念な写真となってしまいました。
特殊な撮影をした後は、必ず元へ戻しておかないとこうなりますと言う、お手本なんですけれど、基本中の基本ですよね~ (笑)
今日は草津八幡宮の境内から撮った瑞風をUPしましたが、仙洞第1踏切から草津八幡宮を見ると、こんな感じになります。
そして昔の写真を再掲載なのですが、1974(昭和49)年 初詣の時の写真です。
祖父は召集されていて広島にはいなかったのですが、父はこの八幡宮へ疎開していて8月6日に被爆しました。
もちろん、八幡宮の社殿は被爆建物に登録されています。
そしてこれはガラケーでの撮影なのですが、境内から•••••••,一之鳥居から寝台特急富士 はやぶさ を、撮っています。
2008(平成20)年の夏なので、18年前の思い出です。
そう、初詣の写真の頃にはまだ、山陽新幹線は全通していなかったんですよねぇ。
歴史の流れって、時々ですけれど、恐いなと感じることがあります。
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